庭とエスキース

著◎奥山淳志
みすず書房 3200円

北海道開拓世代の老人から
受け取った言葉と思い

1998年の春、写真家である著者は、北海道の地で、弁造さんという老人と出会う。新十津川の自然のなかに建てた丸太小屋で、ほぼ自給自足の独り暮らし。周囲の樹木は弁造さんが植え育てたもので、そばには池も作られていた。その池のタニシを食べるのだという。科学技術に裏切られたときに、戻る場所があれば人間は生きていける。弁造さんの庭は、そのための実験場だった。

著者は季節ごとにこの小屋を訪れては弁造さんや庭のようすを撮影した。狭すぎて客用のスペースがない小屋の外に車を停め、車中で犬と寝る。

2012年に弁造さんが亡くなるまでに、数多くの写真が撮影された。この本にもその一部が収録されている。しかし著者の気持ちは写真だけでは表現しきれなかった。この本は、親子以上に年の離れた二人の交流を文章でたどりなおす試みである。

率直でむだのない言葉がまっすぐ読者の心に切り込んでくる。弁造さんの人生そのものに深くかかわり、秘められた愛の思い出や遺言めいた言葉もたくさん聞いた著者が、弁造さんの人生を大切に記録している。北海道開拓時代の最後の世代である弁造さんは、ほんとうは画家になりたくて絵の勉強もした人で、晩年まで絵に向かう意欲は捨てなかった。

わたしは他者の人生にかかわることをおそれるほうだが、著者はそれを敢然と引き受けた。この文章はその大きな果実である。好意や尊敬といったわかりやすい型には収まらない、感情のやりとり。冗談のきつい弁造さんに手を焼きながらも、著者は「ともにある」ことを選び、弁造さんは著者を信頼した。人から人へと受け渡すものの豊かさが胸にしみる。