鯨ではなく、アヒルの玩具を追って
19世紀文学の怪物というべき傑作『白鯨(モービー・ディック)』をもじった一冊が、ドノヴァン・ホーンの『モービー・ダック』。
1992年、香港からアメリカのワシントン州タコマへと向かうコンテナ貨物船が、北太平洋上で悪天候に遭遇し、積み荷の一部を海に崩落させてしまう。そのコンテナから28000個のアヒルをはじめ4種類の浴用玩具が流出。教え子の作文でその事件を知った国語教師の著者が、職をなげうってアヒルたちを追跡する航海へと出発する。
海岸漂着物採集家(ビーチコーマー)と呼ばれる人々と出会い、西南アラスカで海岸美化を展開している活動家と行動を共にし、海洋汚染の調査船に乗組員として乗船させてもらい、アヒルたちの生まれた工場を探して中国の広東省まで赴き、その帰路、おもちゃを流出させてしまった事件の道程をたどるためにコンテナ船に乗りこみ、アヒルたちがアメリカ東海岸にたどりつく可能性のある経路を考え、学術調査船に同乗し北極圏へと向かう最後の旅へ。
潮流と地形が生みだす「ごみベルト」と呼ばれる区域、プラスチックや漁師が使う網をはじめとする海洋ゴミ、環境汚染を生みだす消費社会と我々の倫理観の欠如など。著者は、この壮大な海の旅のさなかに目にしたものをつぶさに報告し、データを開示し、考察を記す。本家『白鯨』に負けないくらいの細部にこだわる眼力、脱線を恐れない融通無碍な想像力とユーモア精神をもって。
それにしても、冒険をやり遂げた著者もすごいけれど、身重なのに夫を旅立たせた妻もすごい。時々、著者と読者を陸へと引き寄せるファミリー・ヒストリーが、いいアクセントになっている好著なのである。
著◎ドノヴァン・ホーン
訳◎村上光彦、横濱一樹
こぶし書房 2800円