差別と偏見による冤罪にも曲げない信念
無実の身でありながら死刑判決を受け、約30年もの長きにわたり死刑囚監房で過ごしたある男の回想録、迫真のノンフィクションである。
著者はアンソニー・レイ・ヒントン。1985年、アメリカ南部アラバマ州ベッセマーのスーパーマーケットで働いていたころ、20キロ以上も離れた場所で、その強盗銃撃事件は起きた。レストランの店長が襲撃されたのだ。被疑者としてヒントンは連行され、起訴される。のちに2つの殺人事件で追起訴、翌年、有罪、死刑判決を受け、独房に投獄された。その後、再審理で無実が証明され、2015年に釈放される。
事件当時、彼には確かなアリバイがあり、誰の目から見ても無実は明らかなのに、なぜこんな酷い誤審が下されたのか。理由として訳者は「貧しい黒人青年であったがゆえに人種差別の犠牲となった」と述べる。州当局は、最初から犯人はヒントンとの前提で裁判を進めていた。また貧困のため有能な弁護士をつけられなかったからだという。差別が色濃く残っている土地柄とはいえ、こんな理不尽な冤罪がつい最近までまかり通っていた、ということが恐ろしい。
死刑囚監房の日々はあまりに過酷だ。しかし読み終わって真っ先に浮かんでくるのは、最後までまったくブレることがなかったヒントンの信念と、諦めずに考え続けた精神力の強さだ。弁護士ブライアンとの出会いも大きい。また、30年間ずっと面会に通い続けた幼馴染みのレスターや母親との絆、他の死刑囚との交流も胸に迫る。もし自分がヒントンの立場だったら耐えられただろうか。友人レスターだったら、母親だったら──。それぞれの立場から考えさせられるところに本書の意味と価値があると思う。
『奇妙な死刑囚』
著◎アンソニー・レイ・ヒントン
訳◎栗木さつき
海と月社 1800円
著◎アンソニー・レイ・ヒントン
訳◎栗木さつき
海と月社 1800円