あれ? 推しが老けた??

サイン会当日。
普段、あまり訪れることのない週末の新宿に、私はやや緊張していた。これが慣れた渋谷ならどうにかなるのに、夕間暮れの新宿は歩いているだけで、連れ去られそうな雰囲気がある。いやもう連れ去っても、臓器以外は金になる年齢でもないか。

紀伊国屋書店さま、いつかお世話になります!

会場の紀伊國屋書店で引き換えチケットを受け取り、8階の漫画フロアへ。会場は9階だけど階段に並んでから入場らしい。気が急いて早めに着いてしまった私は、まったく興味のない漫画のフロアを隅から隅までブラつく。おかげで最近売れている漫画事情にはすっかり詳しくなった。

19時。ついにその時は訪れた。係員の誘導で会場に入ると、まずは懐かしさを覚えた。このスペースは出版社の社員時代や、フリーランスになってから担当した編集の仕事で来たことがある。その会場にまさか自分がスタッフではなく、客として入場する日が来ようとは……。

客として会場にいるとまったく視点が変わる。話す相手もいないし、推しに会える高揚感でスマホを見る気分でもない。そうなるとやたらスタッフの行動が気になり、視線を送る自分がいた。「出版社スタッフ」と書かれたパスを見て

(ああ、この人が編集担当さんかな。いいなあ、私も宮藤さん、担当したいな)
(やっぱりきちんとした女性はベージュのパンプスを履くのか)
(休日出勤なのかな)
(合紙*、何回やっても挟むタイミングが難しいんだよな〜。餅つきみたいで)
*編集部注 本にサインをしたときに、本が汚れないように間に挟む小さな紙のこと

と、どうでもいいことばかり考えていた。これまでスタッフで参加していたときは、滞りなく進むことだけを願っていたので、周囲を見渡してばかり。どこか一点に視線が絞られることはなかった。

(こんなにお客さんから見られていたんか……私……)

今まで担当をしたサイン会では、動きやすさだけを重視して大した格好をしていなかったことを恥じた。そしていよいよ開始時刻。会場の拍手に包まれながら、宮藤さんが姿を現した。

現在テレビ東京で放送中、ディズニープラスで配信中の『季節のない街』

(……あれ? クドカン……老けた?)

これが最愛の推しに対する、オタクが最初に覚えた印象だった。加えて、やや痩せたようにも感じた。自分こそ立派な老け込みようなのに、どの面を下げてこんなことが脳裏に浮かんだのか。ただ私が最後に推しの姿を見かけたのは『ゆりあ先生の赤い糸』(テレビ朝日系・2023年)の父親役。演者であるときはヒゲも剃って、メイクもしているのだから映えていて当たり前。

その日、脚本家として現れた彼は黒ハットに黒シャツ、伸ばしたヒゲは白髪混じりだった。さっきまで新宿駅の横丁で飲んでいました、と言われても、何の不思議はないコーディネートだ。とはいえ、老けても痩せても推しは推し。生で拝む彼はまぶしかった。

私の順番は早めに回ってきた。特に緊張することもなく、ここ数年の思いを伝えようとサインをする宮藤さんの前に立つ。

「よろしくお願いします。あの、宮藤さん、私も実は本を書いておりまして」

「(顔は下を向いたまま)そうなんですか」

「入り口のプレゼントボックスに、本を入れました。『ベスト・オブ・平成ドラマ!』といいます。あの……宮藤さんの作品のことにも触れておりまして。もし本当にお時間があったら読んでください」

「ああ、そうですか」

一瞬、沈黙があったものの、出版社の担当さんが「へえ、そんな本を」とタイミングよく合いの手を入れてくれた。ナイス、担当さん。

「ドラマの本なんですか?」

と、宮藤さん。来たよ、質問!

「そうです。私、お恥ずかしながらすごいドラマオタクなんですけど、そのデータを本にぶっ込みました」

「へえ……そうなんですか。ありがとうございました」

握手した手は細く、ほど良く冷えていた。この手からたくさんの作品が溢れているのだと思うと、終わり際になって急に緊張してしまった。

サイン本を胸に抱えて、新宿駅へ向かった。行きは慣れない街への違和感があったくせに、推しとの握手でご機嫌である。まぶしいくらいのネオンも、人混みも都会らしくていいじゃないか。