私たちの声はよく似ているのでどれも混ざる、来年も私たちは五人でいるだろう――。
 同じ高校に通う仲良し五人組、ハルア、ナノパ、ダユカ、シイシイ、ウガトワ。同じ時を過ごしていても、同じ想いを抱いているとは限らない。少女たちの瞳を通して、日常を丁寧に描き出す連載小説。

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11 ナノパ

 校門の傍の目立たない、でもできるだけ陽の当たり続けるような場所に、次植える苗たちが用意されている、待ち受けている。下校の私たちは五人で、誰かにどこかは接しているような小さな輪で話している。「最近堺のさ、ハルアへの好意のほのめかしが」「ほのめかしだったら春からなかった?」「強くなってるのを感じる」「何で分かっちゃうんだろうね、周りが、そういう強くなってるとか。まあ好きって分からせてるのは、堺のテクニックってことだけどさ」「堺なんか仲良いし、来年もクラス一緒だしさ。別れても気まずいし、結婚して式に、高校の同級生呼んで添い遂げる以外は全部気まずいわけじゃん。名付け得ぬ関係で良いわけじゃん、友だちとも恋人とも言わずさ。キスくらいは許容で良いけど、言いふらしそうだしね」「言いふらさないならどこまでしても良いのにね」「そこまで言ってないけどね」
「だからナノパの先輩へのラブとかはさ、楽だよね二択で。恋人か、もう関係なしか」「二択は楽だね。選択肢ってあればあるほどセンス試されるもんね」「センスー、しかも私にも堺にもセンスがなきゃダメだからね。両方賢くないと良くは続かないよね」「でも良い選択ばっかりずっとできるわけなくない?会話とかも、一言一言が戻らない選択過ぎて」「まあ今だって薄い氷を踏むように喋ってるよね」「薄氷ね、シイシイそんなことないでしょ。どこも割れない地面だと思ってるんでしょ」「割ってもいいと思ってるんだよシイシイは」「でもナノパと先輩のLINE見てるとさ、いつ何を言っても結果は同じって感じするよね」「もう微差も楽しんでないっていうかね。定型ができちゃってね」「こう全部見てるとね、もう私たちで作成できるよね、ナノパと先輩の全会話は。こう来たらこう」「すぐに空の写真送ってくるからね」「校区一緒なんだから、本当に同じ空見てるからいらないけどね。ちょっと、私の恋をどうでもいいものとし過ぎじゃない?」「ナノパ、先輩のことどうでもいいよね?でも」「ナノパはソフトボールがあればいいもんね」「いいよいいよ、ソフトの方が先輩より逃げない逃げない。別に先輩も逃げようとしてるってわけじゃないけど、あ、また私変なこと言った。でも先輩よりソフトの方が確かだよ」
 逃げるよ、ソフトも私から逃げるよと私は思う、目標を見失っただけですぐあちらから去っていくようなものだよ。先輩の方がそうだな、その一人だけを気にすれば良くて、ソフトなんかチームで集合で、目配せなんかが私を取り囲む。ボールは一つで一度きりのプレッシャーは会話の比でなく、手足をもっと上手く動かしたいという、私の欲望に私はついていけず体の限界も垣間見え、恋ではそんな実感はないだろう、どれだけ抱き合っても隙間はできてしまうねなんていう、ただ言葉遊びのものだろう。グラウンドでは体は動かすためだけにある、私は体一つでそこにある、超えられない限界というものを睨みつけながら。恋では相手が自分の中に大きくあるだろう、スポーツならそんなことはない、対戦相手はいても自分の方が大きい、そして自分を相手にする方が重労働で。
 万事オッケーの体チームメイトの士気やる場所良い敵、どれだけのグッドコンディションを要求してくるんだ、何て全部揃っていなきゃダメなんだ、恋の方が手軽な趣味だ。肩は痛く何人か辞めていくのを止められずグラウンドの使用は制限され練習試合もまとまらない、困難はあるが湯河ちゃんほどではないだろう、部員二人ではないんだからと考えるけど、私はまだ自分を励まし慰めるのが得意でない。「ソフトは、入試の面接とかでも使えるんじゃないの。主将?部長?とかじゃなくてもさ、語るのが上手ければ」「その点恋愛は使えませんのでね、弟妹の世話とかもね」とハルアが言い、会話の切れ目となったので五人は別れる。
 それぞれにしにくい話がある、ウガトワにお小遣いの話、ハルアに父親の話はしない、シイシイなんかには避けるべき話題はなくて、でもあちらから配慮のない一言を掛けられたりするから心を壁にする準備、グループでいればだから話題は狭まる。ダユカだけ同じ方面に帰るので二人になり、隣でしきりに顔を手鏡で確認している。「あーもう鼻の下赤い、アレルギーで鼻水出んの。アレルギーが一個の原因で、色んな結果を連れてくるからね。もっと皮膚って厚くあってよね、顔なんか、擦るんだから」と小さな鏡、そうして狭い範囲で覗き込むから気になっちゃうんじゃないかなと私は思うけど、それで飽きずに眺めながら歩いている。「自分の顔ってもう見なきゃ良くない?」「スポーツマンの考え方じゃなーい?それは」とダユカは言い、とりあえず鏡は手の内にしまう。
「ダユカ他に趣味作ればいいのに。外見のこと、それだけ考えててもさ」「ナノパはソフトのことばっかり考えてるじゃん、運動とかそういう、学校が推進してるようなものは胸張って、それだけ考えててもいいわけ?強ければそれだけをやってても格好つくの?かわいければ、顔のことばっかり考えてても変じゃない?」とダユカが言う。「私だって筋トレは全身鏡の前でしてるよ。でも気にならない、顔なんか。ただ一部、ただ動くだけ」「ナノパって、先輩のこと、キャーキャーは言ってるけど好きじゃないでしょ。自分はスポーツだけじゃないって見せたくて、先輩捕まえてるだけじゃない?」「私の好きの度合いって、ダユカが分かる?それなら全部自分の充実のためのものじゃん。先輩だけが活用されてるわけじゃないじゃん。私だって先輩の充実の一部になって」
 ダユカは首の横を指で押している、こういう時にも血行の促進だかリンパ流しなんだかに余念がないんだから、徹底していて感心する。私も歩きつつ股関節のマッサージでも始めてやろうか。たとえば目や口は表情で変わりやすく、次の瞬間にはもう違う形をしていたりするんだから、顔なんか考えても意味なくないか。そうアドバイスすればダユカは、スポーツしてるとそうだろうね、塗っても汗で流れて形は速さで流れて、スポーツしてる間は、それでいいだろうねとでも言うだろう。友だち同士だって、自分の中だけで全会話を展開できる。友情が人生の主題になる時って、いつかあるんだろうか、そんなのは中学生まででもう終わりか、チームメイトとの仲違いも、友情のくくりに入るか。
「何かスポーツでもやってみたらとか、言う気でしょ」とダユカが挑む目でくる。あんなに、できたという経験を積めることも他にないのに。「ダユカ足速いじゃん、何か、向いてなくはないんじゃない」「争いが嫌いなんだよお」「スポーツは別に争いじゃないよ」と言いながら、私は錯覚が嫌いだよ、自分が外からどう見えてるかという、ほとんど錯覚、と思いながらいる。「小さい時はクラスで最速だったんだよ。どんどん抜かれちゃって、じゃあ私が走らなくてもいいじゃんってなっちゃう。私も好きな人でも見つけようかなー、LINEを心待ちにするほどでもないくらいの、ネタの」とダユカが言う。「その状態からでも、結構好きになっていっちゃうよ。習慣を手放したくないって感じに」「なるかな?私スポーツしてないからそういう、継続が最重要って感じでもないんだけど。でも、ないよりあるが良いってなるか」
「精神安定のためのね」「安定する?恋してると一番、自分の外見気になる、精神不安定。片想いの時だと私がこうじゃなければもっととか、両思いで並んで鏡に映ってもバランスとか、あっちの目がぼやけてたらいいなとか。自分の体だけでぶつかっていくようなもんだしさ。うわ、スポーツの方がマシだわ、ルールも型もあって」とダユカは言う。「スポーツしよ。そんでダユカはかわいいよ」「友だちからの評価って何て信用ならない、全部嘘でも成り立つ」と頭を抱える。「確かに、多くが優しさでできてはいますが、信じてください」と答えると「どこら辺がかわいい、どこら辺を伸ばせばいい」とダユカが顔を正面で静止させる。こう見ている時は自分も見られていて、かわいい頬、かわいい額とは何だ、そんなのが果たしてあるだろうか。
 ダユカの顔の中で本人のかわいいの型に、上手くはまっている部分を褒めるのが正解なんだろう。「眉毛がきれい、唇の色もいい」と言い、どれも後から何とでもできる部分か。先輩にLINEで、俺のどういうところが好き?って聞かれた時と同じ、先輩が自分の美点と思ってる部分を、当てれば双方が満足のクイズか。「先輩とLINEとかすんのやめようかな」「えっナノパ、私恋愛やめろってつもりで言ったんじゃないからね」「あ、うん。いやもう鏡でもなかったかなって、先輩が。自分を映しも、気になりもしないなって。それなら失礼で」「まあ失礼は失礼。今作っといて、みんなといる時送る?」と私たちは肩を寄せスマホを覗き込み、先輩への別れの文面を考え始める、送る前から、先輩からの私への返事も予測できる。恐らく無理なく離れる自然な別れとなる、自分相手ではこうはいかない。