東京に住まなくてはいけない理由はない

ケイさんは地元に戻ってから仕事をする気はありません。九州で遠隔でもできるような業務を、いまの会社から引き続き業務委託で頼まれるなら、続けるかもしれません。品質管理的な業務なら、出社しなくても可能です。でも、基本的にはいったん、まっさらにするつもりです。あまりに今までの仕事がきつかったからです。いわゆる「燃え尽き症候群」でしょう。

これまでケイさんは、何社も転職して渡り歩いてきました。いまの会社には7年在籍しています。60歳を過ぎても会社に残るのは後輩にとってよくない、そろそろ後進に譲るべき時期だ、と、ケイさんは言います。退職を宣言した直属の上司には、「私の後は、AさんかBさんですよね」と、引き継ぐべき相手も伝えてあります。徐々に、後進に責任のある仕事を任せて成長を促し、自分の退社準備を密かに始めています。

東京生活が長いと、地元に知り合いも友だちもいない、という人も多いはず。その点どうなのでしょう。「あっちにも友だちはたくさんいるんです」。中学校までの友だちで、地元に残っている人も、老後は地元に戻ると言っている人もいます。高校の仲間は男女ともに仲良しで、これまでも東京や九州で毎年のように同窓会を開いてきました。途切れず関係が続いていて、ケイさんのUターンをみな楽しみに待ってくれているそう。東京の友人には、九州に戻っても遊びに来てね、と声を掛けてあります。かつての留学先のホストファミリーも、遊びに来てくれると言ってます。

ケイさんの趣味はワインと旅行です。休みのたびに海外に行っています。毎度、良いワインを買ってきて自宅のワインセラーにストックします。もちろん東京に拠点があったほうが、成田も羽田も近くて便利でしょう。でも、九州からも海外便は出ていますし、なんなら東京でホテルに前泊すればいいだけです。

つまり、東京に住まなくてはいけない理由は、ケイさんにはないのです。東京に未練は?「ありません、住む場所としては。友だちもいるので遊びに来るとは思いますけど。」。東京にこだわらないなら、むしろ、海外とか、郷里以外の場所に住んでもいいのでは? 「最初に、東京を出てもいいかも、って思ったときは、葉山はどうかと考えたんですよね」。コロナでリモートワークが可能になった、2020年の秋頃のことでした。犬が飼えるのと、葉山に移住した知り合いがいたからです。

そんな時でした。母が突然、「離婚する!」と言い始めたのは。これが、ケイさんが実家に戻ることを考えるきっかけになりました。