過去最高だった第61回グラミー賞の授賞式
2019年のグラミー賞授賞式が、去る2月10日にカリフォルニア州ロサンゼルス市のステイプルズ・センターで行われた。司会を務めた女性歌手アリシア・キーズは、その美しさと、ピアノ2台を同時に弾きながら歌う多彩なパフォーマンスが話題になったが、日本で有料放送を見たという人は、残念ながらそう多くなかったように思う。
2017年に湧き上がった女性に対する性暴力への抗議を受けて、「#MeToo」の主張が鮮烈だった昨年の授賞式とは違って、政治的な発言こそなかったものの、今年も女性のエネルギーとパワーは凄かった。まるで百人百様に咲き誇る花のような女性プレゼンター、パフォーマー、受賞者の元気のよさ、華やかさは、私が知る限り、今回の第61回グラミー賞の授賞式が過去最高だったという気がする。
そんな授賞式でも目立ったパフォーマーや受賞アルバムから、今号は2枚。まずは年間最優秀アルバム賞と最優秀新人賞という主要2部門を含む5部門にノミネートされ、新人賞はデュア・リパに、アルバム賞はカントリー畑の地味なケイシー・マスグレイヴスに譲るも、最優秀R&Bアルバム賞を受賞して、ギターを弾きながら悠然と動き回って歌っていた22歳のH.E.R.。彼女の受賞アルバム《H.E.R.》をご紹介しよう。
H.E.R.
H.E.R
ソニー
2400円
本名は、ガブリエラ・“Gabi”・ウィルソン。アフリカ系アメリカ人の父と、フィリピン人の母を持ち、サンフランシスコのベイエリア近辺で育ったらしい。
12歳の時に自作の歌をピアノで弾き語りして注目を集め、14歳でメジャーなレコード会社と契約。16年に出したデビューEPがじわじわ話題を呼んで、本格的なデビューCDとして出されたのが、今回のこのアルバムなのだ。
ベストR&Bソング賞にもノミネートされた〈フォーカス〉や、ダニエル・シーザーと歌ってヒットした〈ベスト・パート〉などの人気曲は、ありふれた日常の中の不安や幸福感に満ちた飾りっ気の無い歌詞が、等身大の共感を持って迎えられたものと思うのだが、それより何より素晴らしいのはその声だ。もの憂く神秘的で、一度聴いたらいつまでも耳の奥で漂っているような声には、小太りでチャビーなルックスを超える強力な存在感と魅力があると思う。ぜひ一度は、生の声にステージで接してみたいアーティストだ。
そしてもう一枚は、日本ではほとんど知られてこなかった38歳の女性シンガー・ソングライターのブランディ・カーライル。8歳の頃からカントリー・ソングをステージで歌い始めたそうで、6枚目のアルバムとなる今作《バイ・ザ・ウェイ・アイ・フォーギヴ・ユー》が、今回、最優秀アルバム賞にノミネートされた。
バイ・ザ・ウェイ・
アイ・フォーギヴ・ユー
ブランディ・カーライル
ワーナー
2200円
ほかにこのアルバムからは、〈ザ・ジョーク〉が最優秀レコード賞と最優秀楽曲賞にノミネートされていたから、主要3部門を含めて計6部門にノミネートされており、それだけでも注目を集めていたのだが、結果ブランディはアルバムで最優秀アメリカーナ・アルバム賞、楽曲の〈ザ・ジョーク〉でアメリカン・ルーツ・ソング賞など3部門を受賞。優れたソングライターであることが評価されている。
同性のパートナーとの間に2人の養子を迎えて、レズビアンであることを公表しているが、例えば〈ザ・ジョーク〉という楽曲では、「世の中の目や評価を気にして、自分自身を受け入れようと必死にもがいているけれど、あなたはすでに勝者なのよ」と、生きにくさを感じて苦しんでいる人々への応援歌を、深い母性を感じさせる声で歌っている。