できるだけ長く、自宅で楽しみを続けたい

嘉子さんの親戚の女性が昨秋、自立型老人ホームに入りました。この施設では、ご飯は用意してくれるけれど、自分で炊事もできます。嘉子さんは月2回、彼女に会いに行っています。かつてよくしてくれたので、嘉子さんも惣菜を作って届けたり、話し相手になったり。できることを何かしてあげたいそうです。「人に何かしてあげて、喜んでもらえる。それは人生の幸せの一つ」

その親戚の入っている施設は高級で、職員やスタッフもすごく丁寧です。年寄りを子ども扱いせず、良い雰囲気です。それでも、「魅力を感じない。そんなところに行きたくない」と嘉子さん。自宅ならピアノが弾けるし、おいしい料理を作って人にご馳走もできる。でも施設ではできません。だから、老人ホームに入るのはなるべく先延ばししたい、と嘉子さんは願っています。「できるだけ長く、自宅で楽しみを続けたい」

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でも、80歳とかになって自宅で暮らせなくなったら、諦めて老人ホームに入るしかないでしょう。その時の施設の入居費は、自宅を売れば足りると計算します。最近、マンション内の物件が6000万円で売り出されていました。不動産会社が買い取ってフルリフォームして売っています。ということは、売主には4000万円程度は実入りがあったはず。それなら、そこそこの老人ホームに入れそうです。

ところで、冒頭のマンションの耐震改修と大規模修繕ですが、各区分所有者が工事費を負担する必要があります。まとまった金額を臨時徴収で集めるのではなく、修繕積立金を20年間、毎月1万円多く徴収する手法になりそうです。追加分は年間12万円、計240万円。主に年金暮らしの嘉子さんにとって、けっして安い負担ではありません。

でも、これも何とかなると嘉子さんは言います。例えば、6、7年前に証券会社の勧誘電話で誘われるまま買った株が値上がりしています。いま時価で120万円くらいのプラスです。嘉子さんは今も車を持っていますが、あと数年もしたら運転はやめて車を手放すでしょう。そうしたら駐車場代や、税金、車検、ガソリン代など、車関連費だけで100万円くらいは浮きそうです。「ほら、なんとかなりそうでしょ」

「この10年強、一人で生きてきて、一人暮らしの人は自立している、しっかりしていると分かった」と、嘉子さん。合唱団でも、趣味のサークルでも、90歳超えで頭も体も元気な大先輩を何人も見てきました。配偶者に先立たれた後も、彼ら彼女らは、自分でご飯を作り、食べ、一人で暮らしています。「一人暮らしのほうが、緊張感がある。しゃんとしている」と実感します。だから自分も大丈夫、と言います。

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フリーランスで働いてきた人には定年がないため、いつまで働くか、いつ引退するかは自分で決めなくてはいけません。年金も少ないし、細々とでも働けば収入の足しになると、不安から仕事をやめられない人も多いでしょう。コロナで仕事がなくなった時、将来を悲観して、精神的に落ち込んだ人もいるに違いありません。

でも、嘉子さんの言うことももっともです。何か贅沢をしようというのでなければ、家さえあれば、それほど大きな収入は必要ありません。無駄な支出を削り、趣味もお金がかからないものならば、収入は多くなくても楽しい日々を送れそうです。そして、笑う角には福来たる。お金がないと心配するより、幸せじゃないと嘆くより、いま手の内にあるもので満足できれば、それが幸せだと感じられれば、人生はずっと平和で穏やかそうです。嘉子さんはそれを「自分の幸せを自覚できる力」と呼びました。ただし繰り返しますが、自宅があれば、の話なのですが、苦笑。

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