治療費は半年で80万円

実際、40代の体外受精の現実は甘くない。日本産科婦人科学会のデータ(2015年)によれば、40歳の女性の体外受精一回あたりの出産できる確率は9.1%。採卵時の久美さんの年齢、42歳では4.5%だ。

でも久美さんは、それを承知のうえで、一度はチャレンジしてみようと思った。

「かかることに決めた病院は不妊治療の妊娠率が高いことで知られていて、費用はとても高かった。でも院長の話には納得できたし、夫婦二人で“治療は1年”と期限を決めてスタートしました」

生き物が好きで、治療中にメダカを飼うことにした久美さん夫婦。メダカは、つがいができると水草に卵を産み、2週間後にはたくさんの稚魚が泳ぎ始める。しかし、その大半は育つことなく死んでしまった。「途中で消えてしまう命って、こんなにたくさんあるんだ」。そう思いながら、久美さんは水槽を見ていたという。

自然は厳しい。60匹くらい生まれても、育つのはわずか10匹ほど。育ったメダカが次世代を産み、水槽の中でメダカは消えることなく適正数を保ちながら、命の営みを続けていた。そして水草も青々と茂り、水槽の中で生態系は、何事も起きていないかのように安定を保ち続けていく。

小さな死を乗り越えて続いていく世界に、たくましさを感じた久美さん。

「どうやっても育たない命が消えていくことを憂うよりも、命をもらった者として社会でしっかりと自分の役割を果たしていくべきかもしれないと思いました」