この作品について、山田洋次・石井ふく子の両氏は以下のコメントを発表しています。
<作/脚本・山田洋次>
「サラリーマンは気楽な稼業ときたもんだーー」という植木等の歌が大ヒットしたのは1960年代だっただろうか。一応名の通った大学を出て上場会社に就職すれば、スピードに個人差はあってもともかく年ごとに月給は上がってゆき、やがて管理職、そして定年になりほどほどの退職金をもらって第二の人生を迎える、という安全なサラリーマン人生を植木等は自嘲気味に謳ったのだが、1980年代に入ると効率とか成果主義とかいう言葉が押し寄せてきて、サラリーマンの世界に中途退社とか中途採用が当たり前になりだす。大きく変わり始める会社員のありかたに不安をいだきつつ、何とか無事に定年を迎え、そこそこの退職金を頂いてリタイア、さてこれからどのようにしてまだまだ長い人生、いわゆるオルタナティヴライフを送るべきかと、家族には見せないけど内心不安をいっぱい抱えているのがこの作品の主人公平山幸之助だが、その彼に思いもかけない事件、大袈裟なようだがしかし、彼にとっては間違いなく人生の大事件が勃発する。長年連れ添ってくれた妻の史枝が、離婚してほしいと言い出した。
定年退職を期に妻の側から離婚を申し込まれるという話、男にとっての大事件が起きた話はときおり耳にすることがある。長年同じ屋根の下、屋根どころか同じ部屋に寝起きしていながら、愛について語り合うことが少ない夫婦は多いのではないだろうか。さて、この恐るべき事態をどう切り抜けるか、破綻してしまうのではなく、懸命な知恵と工夫で夫婦が再生することは出来ないだろうかという難問題を、石井ふく子プロデューサーから出された宿題を解くような思いで、この脚本を書きました。
思えば今から50年前の東芝日曜劇場の時代、ぼくは石井さんにテレビドラマ脚本の骨法についてしっかりと教えられたものです。ドラマのTBSという輝かしい伝統を懐かしく思い出します。