『おちび』著:エドワード・ケアリー

革命期パリ、ひとりの少女が伝説の蠟人形作家になるまで

ロンドンに旅行した人の多くが足を運ぶ、マダム・タッソーの蠟人形館。エドワード・ケアリーの最新作『おちび』は、その稀代の女性の生涯を虚実のあわいに描いた長篇小説だ。

1761年にスイスのアルザスの小さな村で生まれ、1850年にロンドンで死去。アンネ・マリー・グロショルツという名の少女が、マダム・タッソーと呼ばれるようになるまでの長い年月が、これほど波瀾に満ちていたとは! 驚異の連続といってもいい生涯なのである。

両親に先立たれ、恩師となるクルティウス先生のもとで蠟の加工術を学び、1769年、先生と共にパリへ移住。仕立屋の未亡人とその息子エドモンが住む家に下宿し、やがて先生は蠟で人の顔を作るようになり、そのリアルな作品の数々が評判を呼ぶ。

未亡人の言いなりになる先生。内気なエドモンを愛するようになるマリー。マリーを毛嫌いして召使い扱いする未亡人。金目当ての結婚をさせられてしまうエドモン。ここで、マリーに転機が訪れる。時の国王ルイ16世の妹にあたるエリザベート王女に見いだされ、彫刻を教えるためにヴェルサイユ宮殿で暮らすことになるのだ。

この時、マリーは17歳。やがて、フランス革命が勃発し──。

史実と空想、実在の人物と虚構の人々が混ざり合う、愛と喪失を描いた無類に面白い物語の中、作者のケアリーはマリーの目と手を通して、〈生と死のあわい〉にあり、すべてをありのままに写しとってしまう蠟人形の魅力のすべてを伝えることに成功している。

巻末に付された、訳者渾身の解説を読めば、作品理解はさらに深まるはず。徹夜必至というくらい面白い小説が読みたい人に、自信をもってお薦めできる逸品だ。
 

『おちび』
著◎エドワード・ケアリー
訳◎古屋美登里
東京創元社 4000円