果敢な取材を重ねてきた著者が、両親に切り込んだら
親の認知症は、誰にとっても切実な問題だ。目をそむけたい人もいると思うが、この問題に取り組んでいる誰かをじっくり観察すると、ふしぎなことに自分の心がちょっと落ち着く。お試しあれ。
故郷の母が、同じ話ばかりする。被害妄想もあり、人の話が理解できなくなった。ピンときて診察を受けさせたところ、タイミングが早すぎて「(まだ)認知症ではない」と言われ、母はお墨付きを得た気で大威張り。この本は、そんな失敗談から始まるエピソード集だ。
そこからは、自分の「ぼけ」をなかなか受け入れられない母、意外にも家事がうまかった父、手探りでなんとか両親を助けようとする娘(著者)、三者三様の思惑や感情が織りなすホームドラマが展開される。
著者はドキュメンタリー制作者。2007年に45歳で乳がんを経験したとき、果敢にも自らを撮影対象としてテレビ番組を作り、「泣きながらおっぱいの記念写真を撮る自分」「手術後の胸をおそるおそる見る自分」などもさらけだした。幾多の取材対象の「裸の心」に踏み込んできた人間としての責任感だ。
自分の尊厳が失われる恐怖のせいで感情的になっている認知症の母を、撮影対象にすべきか。撮影して不特定多数の人に見せることを、母はどう思うか。大きな葛藤をかかえつつもテレビで放送したところ反響が大きく、映画化もされた。(2018年公開、本書と同タイトル)
著者は葛藤から逃げなかった。カメラというなじみの武器をもつことで冷静になれる部分もあるのだろう。本書でも、ドタバタ劇をあくまで明るく描き、両親のよいところを精一杯描写している。わたしには、立派な親孝行に見える。
『ぼけますから、よろしくお願いします。』
著◎信友直子
新潮社 1364円
著◎信友直子
新潮社 1364円