偶然を大切にするのはじつはとても強い生き方
小三治の落語といえばマクラである。マクラとは、落語家が本題に入る前に、その日の客席のようすを探りつつ軽めに話す小噺や雑談ふうのもの。小三治のマクラは質量ともに異彩を放っていて、マクラだけのCDがあるほどだ。その多くは日常ネタだが、趣味であるバイクやオーディオなど、話題は豊富。なにごとにも、興味をもったらとことん打ち込み自分流に研究を重ねる人である。
そんな落語家が芸と人生を語る。おもしろく語ろうとはしていないのに、ほんのりおかしい。もともとはマクラなんてなくていい、噺を冒瀆するものだ、ぐらいに思っていたそうで、「この噺にはこのマクラ」と決めたものしかやらなかった。
だが、ラジオ番組で毎週1回3時間、しゃべる内容を無からこしらえなければならないという試練を経て、自分をさらけ出すことをおぼえた。「あのころが、私のルネッサンスだったんですね」という言葉がいい。
自分の人生を主体的に計画し、目標を達成していく生き方ではない。その時自分が行き当たったものにとことんつきあい、なにかを身につける。偶然の出会いを重んじ、活かそうとする。受け身に見えて、じつはとても強い生き方だと思う。
都立の名門高校出身。「東大以外は大学じゃねえ」と言うような父に反発して落語の道に入った。そこからもけっして一直線ではない。いつも信念をもち毅然としているだけに人と衝突することも多く、しかしそんな苦い思い出も自分をつくりあげるための大切なパーツのひとつととらえている。
人の輪のなかにやわらかに溶けこむだけがうまい人づきあいではない、こういうやり方だってあってよいのだと勇気が出る。
『どこからお話ししましょうか 柳家小三治自伝』
著◎柳家小三治
岩波書店 1500円
著◎柳家小三治
岩波書店 1500円