記憶は形にしないと、やがて消える
ヒャダ 能町さんのお母さんインタビュー(*)、あれからまた動きがあったんですよね?
*両親・本人ともに北海道出身である能町が、岸政彦監修の「北海道の生活史」プロジェクトに聞き手として参加。母親にインタビューをおこなった。
能町 インタビューをまとめて、本人に確認してもらって、その直しが返ってきたんです。それが、出版物を出すときにやるような、意外としっかりした直しなんですよ。どこでそういうやり方を知ったのかはわからないんですけど、「ここからここまではカット」みたいにして、ちゃんとわかりやすく書いてある。で、カットする箇所があるのは別にいいんですけど、追加がめっちゃあったんです。「北海道の生活史」は、「語りをそのまま載せる」というのが取り決めとしてあるんです。よっぽど言いよどんだりした箇所は切りますけど、基本的には残す。文字起こしすればわかるけど、人が話してるのって、文法とか順番とかけっこうめちゃくちゃじゃないですか。そういうのも基本的には生かす。でも追加された文は、わりと整理されてるから……。
──めっちゃわかります。口調が急に変わったような見え方になるんですよね。
能町 そうなんですよ。どうしようと思って、(監修の)岸先生に見せたら、「(元の文と追加の文で)そこまで差がないから、そのままでもいいんじゃないか」という話にはなってるんですけど。で、前にもここで話しましたけど、とにかく男の子の話が多かったから、その話をメインにして原稿をまとめたんですよ。お母さんからすると、たぶん一番の恋愛だと思われる部分を最後に持ってきたんですけど、そこへの追加がものすごくて。
一同 (笑)
──削るんじゃないんだ!?
能町 全然削らずに、むしろ増やしてて。お母さんが好意を持っていた男性がいて、でも付き合えてはいないんです。それで自分の気持ちを整理するために、ラブレターを送ったという話なんですけど。インタビューではラブレターと言ってたんですけど、直しのときに「ラブレターと言っても、本当のラブレターじゃなくて、自分でもうまくいかないのはわかってたから、自分のために出したようなもの」という説明が加えてあって。結局そのあと1回会って、ちゃんと振られたらしいんですよ。その振られたシーンが……こういう話って、普通はちょっと恥ずかしいからカットするのかと思ったら、ドラマチックな方向で追加されていて。お母さん、すごいなと思いました。ちょっとその箇所をそのまま読んでみますね。
(全部は書けないのでかいつまんで。相手と付き合うためというよりは、自分に踏ん切りを付けるために手紙を出す。その後、会うことになったが、相手にはすでに結婚の予定があることが判明し、それで実質的に永遠の別れとなった…という内容が語られる)
能町 「……チロルハットでハンバーグを食べた後、すすきのの小さなスナックで結婚することを聞いた。『送るよ』という声を振り切って、すすきのから札幌駅まで歩いたの。 途中でコンタクトを外したせいか、周りの景色がぼやけて見えた」
一同 わーーーーーっ!!!!
久保 ちょっと解像度、解像度がすごい!
能町 すごいんですよ。めちゃめちゃボリューム増えてて。「こんなに増えちゃって、どうしよう……」と思いながら読んでたら、最後に(ちょっと書き過ぎかな?)ってメモがあった(笑)。
一同 (笑)
久保 自覚はあるんだ。
ヒャダ 聞いてて、 ちょっと気持ちよくなっちゃった。
能町 「こんなに細かく覚えてるのか」と思って、びっくりしました。
久保 お母さんの筆致、すごい良かったわ。それだけ本人の中で、いろんな情景があったんだね。
能町 聞いてよかったです、これは。本人の中で鮮明に残ってるんでしょうね。
ヒャダ 視界はぼやけてたけど、記憶は鮮明。
一同 (笑)
能町 コンタクトのせいで視界がぼやけたところなんて、もう映画みたいですよね。
──というかこれ、泣いてたことの婉曲表現じゃないですか?
能町 そうそう、そうなんですよ。本当はこれ、涙じゃないですか。コンタクトを外したせいじゃないですよね。これはすごいわ。親の話、聞いた方がいいですよ。
──大切な記憶を、形にして残したかったんだと思いますよ。本人の記憶の中にあるだけでは、いつかは忘れてしまうから。
能町 自分しか知らないことですしね。
久保 私は自分の日記とか、残したくないんですよ。落書きも残したくなくて。子供の頃から取っておいた絵とか、中学時代に描いたものとか、けっこう取ってて(東京に)持ってきてたんだけど、あるとき「私が死んだときに、誰にも見られたくない」と思って、全部シュレッダーにかけたんだよね。で、今からいろんな記憶がどんどん薄くなってくるから、メモを取ろうとは思うんだけど、本っ当にそれを読まれたくないの。自分でもこれは重症だなと思ってるんだけど。ちょっと考え方を変えないと、何も残せなくなっちゃう。『レベルE』を描いた先生って誰だっけ?
──冨樫義博。
久保 そうそう。冨樫先生。これはどこに書いてあったのか、もう覚えていないんだけど、ある時期、部屋を全部締め切って、「世界は全部滅亡した」と妄想して、「この世界で一人で生きていくしかないけど、そうなると10年後の自分がすごく退屈するだろうから、10年後の自分を面白がらせるためのマンガを描こう」と思って描いたのが『レベルE』だったらしい。だから、なんだろう……「誰にも見られたくない」という気持ちがあまりにも強すぎると、何も創作できなくなってくるから、私も「10年後の自分を喜ばせるための何か」を作っていかなきゃいけないな……と、思ってるところなんですよね。でも日記は嫌いだし、Xはやりたくないし……「自分の文章を愛せない問題」にいま、直面してる。
能町 文章じゃなくても、もう全部すっ飛ばして、いきなりマンガ描いたらいいんじゃないですか? 誰かに見せるかどうかは別として。
久保 10年後の自分に向けて、何かを書き記したい気持ちはある。でもできないんだよね。
──10年後の自分のために書いた文章が、何かのきっかけで人に読まれたら……。
久保 と思うと、もう書けないんですよ。
能町 私はずっと日記書いてますよ、ネット上に。自分以外、誰にも見えない鍵付きブログだから、私が死んだら本当にネットの海の藻屑になってしまうんですけど。そういうので良くないですか?
久保 そうなんだよね。そのうち「誰にも見せないの、もったいないな」と思えるようになったらいいんだけど、結局自分のために書くことになってて、また、それも……あー、ごめん。またぶつぶつ言っちゃって。だからお母さんの記憶は、こういう形で記録されることになって、めっちゃよかった。
能町 こういうことを語ったり書いたりすることに、恥ずかしいという気持ちがあんまりないのが羨ましいなと思って。出版されてから、恥ずかしいと思う可能性はありますけどね。他の人のページを読んだら、みんな重めの話をがっつり語ってるのに、その中で「めちゃめちゃ男の子に好かれました」って話があったら。
ヒャダ 「えー、みんなそうだと思ってたー!」って。
能町 でも私は、それでいいと思うんですけどね、全然。

【書籍情報】
「久保みねヒャダこじらせブロス」時代の連載が書籍化!
(通常版はこちら↓)
久保ミツロウ・能町みね子・ヒャダイン
「カウンセリングするつもりじゃなかった~久保みねヒャダこじらせ雑談~」(扶桑社)
通常版:2,200円
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限定付録付き特別定価版:3,080円(「こじらせ日めくり格言」付き)
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ただの雑談が、いつの間にかお互いのカウンセリングになってしまっている⁉
きっと誰かに話したくなるネタが詰まった一冊です。
【ライブ情報】
有観客ライブでの開催
『久保みねヒャダこじらせライブ』
開催日:2025年6月7日(土)
会場:お台場特設会場(フジテレビ湾岸スタジオ内)
昼公演 13:00開演/夜公演 16:30開演
昼公演:久保みねヒャダ門外不出トークSP
夜公演:【ゲスト】上垣皓太朗アナウンサー
料金:4,980円(税込)
*昼夜ともオンライン配信なし
現在、Livepocket/Pontaパスにてチケット抽選販売を受付中。
詳細はこちらをご覧ください。
【番組情報】
ほぼ隔週で放送中
『久保みねヒャダこじらせナイト』
次回放送:5月10日(土)フジテレビ●深3:15〜3:45
*FODプレミアムでこれまでのライブ(FOD限定トークあり)と番組アーカイブを配信中。