マウリツィオ・ポリーニ
ショパン:
ピアノ・ソナタ第3番、他

ユニバーサル 
2800円

人生を語るパフォーマンス

技巧的な作品を演奏するとき、ピアニストには当然、物理的な技術の高さが求められる。しかし、加齢などさまざまな理由で身体能力がやむをえず衰えてきたときには、派手な技術や大きな音で粉飾されることなく、その人の音楽の本質だけがそこに示されることになる。

マウリツィオ・ポリーニは、1960年、審査員満場一致でショパン国際ピアノコンクールに優勝。当時18歳だった彼について、審査委員長をつとめていたルービンシュタインが「この少年は、ここにいる審査員の誰よりもうまく弾く」と評したことで知られた。正確無比で完璧な演奏が讃えられた一方で、冷たい音楽だと批判されることもあった。

それから60年近くの歳月が流れた今、彼の演奏は技術的な完璧さからは離れたが、かわりにその優れた美学、歩んできた人生をそのまま転写するようなものとなった。

新譜に収録されているのは、ショパンが若き晩年である34歳から35歳の頃に出版したOp.55からOp.58までの作品。冒頭の2つの〈夜想曲Op.55〉からは、少し重く湿度の高い夜の空気が感じられ、何かから解放されたかのようにロマンティックな歌が歌われる。ふと自然に口元からあふれ出た歌のように始まるショパンの〈マズルカOp.56〉は、素朴さの中でさまざまな色と光が交錯する。

〈ピアノ・ソナタ第3番〉は、心の中に生まれるものをそのまま絞り出し、偽りなく音楽にしていくような演奏。冷静さを失わない凜とした姿勢を保っているところは、若き日から一貫して変わらない美学だろう。

多くの作品が、ポリーニにとって再録音。今、ポリーニがショパンの作品を通じて伝えようとしていることは何なのか、それを感じ取ろうとしながら繰り返し聴く喜びがあるアルバムだ。

 

 

古海行子
シューマン:
ピアノ・ソナタ第3番

日本コロムビア
2000円 

フレッシュで健康的な魅力

一方、2枚目に紹介するのは、今からキャリアをスタートさせようとする若手のアルバム。日本コロムビアが、コンクール歴や活動実績にとらわれることなく、20代のアーティストを発掘し世に送り出すことを目的として創設した新レーベル「OpusOne」。

その第1期アーティストの一人としてデビューするのが、21歳のピアニスト、古海行子(ふるみ・やすこ)だ。2018年、高松国際ピアノコンクールで日本人として初めて優勝した彼女は、音楽にも佇まいにも、フレッシュで健康的な魅力がある。

メインとなる収録曲は、シューマンの〈ピアノ・ソナタ第3番〉。原題が「グランドソナタ」とされていた通り、華やかで規模の大きな作品。古海はそれを、キラキラとした音を鳴らしながら、起伏豊かに奏でる。

シューマンがのちに妻となるクララの曲から主題をとって書き上げた第3楽章では、女性らしい包容力をもち、シューマンの思いに寄り添うように、甘く切ない旋律を歌う。彼女自身の内に秘めた情熱と重ねながら、揺れ動く感情を描き上げるようだ。

また、OpusOneは必ず邦人作品を1曲取り上げることをコンセプトとしており、この盤では、世界初録音となる大澤壽人(ひさと)の〈てまりうたロンド〉が収録されている。若い古海が、音楽で描く鞠遊びの様子にむけるあたたかいまなざし、作品への自然な共感が感じられる演奏となっている。

ジャケット写真のメイクや衣装などは、ビジュアル・スーパーバイザーを務めた湯山玲子のディレクションによるもの。一般的なクラシックのアルバムとは一味違い、普段クラシックを聴かない層にも届きそうな、スタイリッシュな雰囲気。アーティストの未来とともに、レーベルの今後の展開も楽しみだ。