『綴る女 評伝・宮尾登美子』著:林真理子

国民を熱狂させた宮尾ワールドの創作の秘密

本誌好評連載「綴る女 評伝・宮尾登美子」の待望の書籍化である。生前の宮尾登美子氏と親交のあった著者は「私はいつか、先生の伝記を書きたいんです」と告げていたという。連載がはじまるや、踏み込んだ取材と資料読解で明らかになる宮尾氏の知られざる一面や交友関係が、出版・新聞業界を密かにざわつかせたらしい。

国民的人気作家・宮尾登美子は高知で芸妓娼妓紹介業(女衒(ぜげん))を営む父と愛人の子として生まれ、すぐに父の家に引き取られる。その後、両親が別れたために養母と暮らす――という自らの半生に材をとった自伝的小説が『櫂』『陽暉楼』『鬼龍院花子の生涯』等だ。また実在の人物をモデルにした『序の舞』『きのね』等、ベストセラー作品、ドラマ・映像化された原作は数知れず。一貫して女性の生きざまを追求し続けた作品は、今なお色褪せることがない。

もっとも興味深かったのは、〈私をあれほど熱狂させた「宮尾ワールド」は、本当に存在していたのだろうか〉という、同業者ならではの視点で考察しているところだ。著者は、何度も高知に足を運び、生家の場所、家業の事実、モデルになった実父、養母、実母の生い立ちを調べ、宮尾ワールドの登場人物やストーリーと比較する。どこまでが事実でどこまでがフィクションなのか、突き合わせを通して創作の秘密を探る試みだ。そして宮尾作品を「文学の域」に昇華せしめているのは、この豊饒なフィクションの部分であることがわかってくる。波瀾にとんだ生い立ちと現実を甘受し、そこからフィクションという色とりどりの糸を紡ぎながらひたすら物語を編む「綴る女」の姿が、次第に著者と重なっていくような傑作評伝である。

『綴る女 評伝・宮尾登美子』
著◎林真理子
中央公論新社 1500円