騒音おばさんと小説家。隣人バトルの行方は
郊外の集合住宅に越してきた一家。30代半ばの真紀と夫、幼い娘の3人家族だ。小説家の真紀は、前よりも環境のいい新居で、心機一転、スランプから抜け出すことを期待していた。だが、徹夜で執筆していた明け方に騒音が聞こえてくる。隣家の女性がベランダで布団を叩いているのだった。
15年ほど前にテレビのワイドショーで取り上げられ世間で注目された“布団叩きおばさん”を覚えているだろうか。険しい形相で何か叫びながら力いっぱい布団を叩き続け、「騒音おばさん」として名を馳せた。この事件が英字紙で取り上げられたときの訳語が「Mrs.Noisy」であった。
天野千尋監督は、1982年生まれ。会社勤めのかたわら映画学校の夜間コースで学び、2010年のぴあフィルムフェスティバルで中編『賽ヲナゲロ』が、翌年の同映画祭などで短編『チョッキン堪忍袋』が入選。以後、『どうしても触れたくない』『うるう年の少女』(ともに14年)などを手掛けてきた。
真紀が騒音を注意すると、中年女性・美和子は、その場ではやめるものの、また別の日に大きな音を立てて叩きだす。そんななか、新作の小説は編集者からダメ出しをくらい、「登場人物の造形が浅すぎるんですよ」とまで言われる。
ここまでは真紀の視点から見た美和子が描かれる。いつも髪を振り乱して、外見には一切かまわず、狂気すら感じられるような危ないおばさんという像だ。一方で、観客は、真紀自身が発する危うさも感知する。思い通りの小説が書けないからか、気持ちに余裕がなく、つねに自分の正しさを主張する独り善がりなところが鼻につく。
ところが、親戚の青年・直哉の勧めで美和子を題材にした新作が若い編集者から絶賛され、連載がスタート。直哉が勝手にアップした美和子の動画も巷で人気になり、真紀は一躍、時の人となるのだが……。
本作の真骨頂は、ここから。美和子が早朝に布団を叩く理由をはじめ、彼女の生活や背景が明らかにされていく。真紀の眼、そして観客の眼にも、不審に思えていた彼女の行動ひとつひとつの本当の意味が、わかってくる。
本作の大きな軸は、一連の体験を経て独り善がりから脱する真紀の成長物語であるが、それにもまして胸打たれるのは、美和子のけなげで強い生き方だ。「あの布団おばさんの話ね」という観客の当初の予想は軽やかに裏切られ、人を表面的に判断してはいけないという戒めとともに、思いがけない感動の波に襲われる。
篠原ゆき子や大高洋子らキャストの演技も冴える。いかにも今どきの青年である直哉を演じた米本来輝(らいき)は、特に印象深い。
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監督・脚本/天野千尋 共同脚本/松枝佳紀
出演/篠原ゆき子、大高洋子、長尾卓磨、宮崎太一、米本来輝、新津ちせ
上映時間/1時間46分
日本映画
■TOHOシネマズ日比谷ほかにて近日全国公開予定
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刷り込まれた憎しみから脱却することは可能か
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新宿シネマカリテほかにて近日公開予定
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監督・脚本・製作:ガイ・ナティーヴ
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17歳の少年にいつしか惹かれ…
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監督・脚本:メイ・エル・トーキー
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