『餃子のおんがえし』著:じろまるいずみ

 

つらい体験や苦い記憶も笑いをまぶして

評論、レシピ、レビューに随筆。書籍の世界では、「食」というテーマは一大勢力を形成している。食べることは、ごく個人的な身体性と、社会的な人間関係とをつなぐ橋のようなもの。どれだけ世の中が変わろうとも、食べることの重要性は少しも減退しない。

だから食の思い出を書く本は星の数ほどあるのだが、これは毛色がちがう。著者の経験談のなかに登場するのは、標準的とはいえない料理ばかりだ。「親がほとんど家に帰ってこない同級生(予備校)が、たくさんいる小さいきょうだいのために自炊をするが、生肉は怖くて扱えないから冷凍餃子の中身を野菜炒めや鍋料理に使っていた」など。著者はこの未熟なアイディア料理を「天才かよ」と絶賛する。必死の工夫をのんきにやっているところが尊いのだ。

著者は最初の結婚がうまくいかなかったが、そのとき義母に言われた数々のイジワルを書くときも、笑うしかない面白さが炸裂している。タクアンをどう切っても「厚すぎる」「薄すぎる」とダメ出しされたが、いま振り返ると義母の求めた「あの厚さ」がおいしいのだ、とも書いている。オトナだなあ。

人生のなかで出会う人たちと、その人の切実な「食」。それが一冊をつらぬくテーマだ。つらい体験や苦い記憶も、笑いをまぶしてどんどん肯定的に読みかえていく。非凡な文章力がその健康な視線をささえている。近来まれに見る傑作料理本である。へんてこな料理の思い出を描くときも、そのあとに「ほんとうにおいしいレシピ」をつけることを忘れていない。無気に笑えて、ほろりとするところもあって、役に立つレシピまで教えてもらえる。全方位、百点満点の本である。

『餃子のおんがえし』
著◎じろまるいずみ
晶文社 1500円