あなたたちのがんばりを、どうぞ自分が勝ち抜くためだけに使わないでください。恵まれた環境と恵まれた能力とを、恵まれないひとびとを貶めるためにではなく、そういうひとびとを助けるために使ってください。そして強がらず、自分の弱さを認め、支え合って生きてください
この言葉を、2年前に東大を卒業した娘に聞かせたい。娘は実社会に出てから現実を思い知らされ、就職した会社を3ヵ月で辞めてしまいました。しばらく家で過ごしていましたが、どうにか仕事を見つけ、今は遠方で暮らしています。しかし、新しい仕事も自分のやりたい仕事ではないと思っているようです。東大ブランドを彼女自身捨てきれないのではないのでしょうか(50代・女性・保育士)
若いころは、時間をかけて努力すれば誰にでもできるはず、できない人は努力しなかったからできないのだと思っていた。さすがにアラフォーになって、自分の努力だけではどうにもならないことがあるとわかってきた
(30代・女性・非正規社員)
長年女子学生を見て、育ててきた教員は、彼女たちには日々の生活において注意深くあってほしい、善き選択をしてほしいと願うのだと思います。私も大学教員の端くれとして、学生に対してはほとんど“祈り”に似た気持ちを込めて、日々言葉を紡いでいます。だからこそ、上野さんの祈りの言葉だと思います(40代・女性・教師)
大学で学ぶ価値とは、すでにある知を身につけることではなく、これまで誰も見たことのない知を生み出すための知を身につけることだと、わたしは確信しています
この祝辞を、アラカン世代の自分へのエールのように捉えました。「誰も見たことのない知を生み出すための知を身につける」というのは、東大入学生でなくても、同じように考えて行動することで社会はもっと生きやすくなると感じました。家事だって介護だって、誰も見たことのない知に溢れています。東大の使命は私の使命でもあると考えたら急に元気になれました。(50代・女性・主婦)
いろいろな人の涙ぐましい努力のおかげで、昔に比べれば今の女性は選択肢が広がり生きやすくなっていると思いますが、まだまだ男女差別のある日本において、強く生きて、才能を生かしてほしいという激励だと感じた。(50代・女性・主婦)
日本でもごくわずかなフェミニストが、メディアの注目する中で女性差別について発言したことは、社会に一石を投じることができた貴重な機会だったと思う(40代・女性・無回答)
お祝いの場にはあまりふさわしくないかもしれないけれど、1人ぐらい厳しいことを言うのは必要だと思う(20代・女性・会社員)
ずっと世の中にあって、男性は見ずに済んできた不都合な真実だろうけれど、女性には日常のこと。だから、祝辞の内容は女性の私には特に目新しさは感じない。けれど、日本の未来を担う、勉強ができて恵まれた学生達の体の片隅にでもこのスピーチが残ることを望んでいる(30代・女性・無回答)
医学部で男性の方が合格率が高い背景には、医師として働きだした後、女性の結婚や出産などによる離職率が高いという現実があるからだと思う。職場に改善すべき点も多々あるから、そのままで良いとは思わないが、何でも女性を差別していることに繋げるのはおかしい。それと、男性と同じように働くこと・出世することを望まない女性もいる。それを「不幸」であるかのように決めつけるのは、逆に「差別」しているのでは?(50代・男性・アルバイト)
まだ差別あるの? 信じられない!(50代・女性・無回答)
上野氏の言葉には、合格した貴重な女子学生の頑張りに対する評価が感じられず、祝辞としては何とも言えません(70代・女性・パート)
前例のない厳しい言葉に、清々しい思いがした(70代・女性・無回答)
女性に限らず差別される人を見下すのではなく引っ張りあげることができるよう、東大で学んでくださいという、力強い祝辞だと思う。感動したので周りの人にも読んでもらうと、女性からは共感を得られたが、男性は無関心だった。これが今の世の中そのものだと感じた(30代・女性・会社員)
●回答者数37人●年齢分布20代…4人30代…5人40代…7人50代…14人60代…5人70代…2人●男女比女性35人 男性2人