注目の新人女優の歌声に心打たれる
スコットランド最大の都市グラスゴー。ここに生まれ育った23歳の女性ローズが主人公だ。軽犯罪を犯して1年間の服役を終えた彼女は、保護観察中のためGPS付きの足輪をはめて出所する。まっさきに向かうのは、ボーイフレンドの家。そのあと母親の家に行くが、そこには彼女自身の子ども、8歳のワイノナと5歳のライルがいる。まず子どもたちのもとに駆けつけないところに、ローズの母親としての危うさが見てとれる。
14歳のときから地元の酒場でカントリー・ミュージックを歌ってきたローズは、カントリーの本場ナッシュビルに行くことを夢見ている。自分は本来アメリカ人として生まれるべきだったと思うほど、カントリーを愛しているのだ。
奔放で陽気で物おじしないローズを好演するのは、ジェシー・バックリー。レネー・ゼルウィガーがアカデミー賞主演女優賞に輝いた『ジュディ虹の彼方に』(2019年)で、ジュディの世話係ロザリン役を演じた注目の新人女優だ。アイルランド生まれのバックリーは、本作で全曲を自らパワフルに歌っているが、そもそも2008年にイギリスのミュージカル・オーディション番組で2位に輝いたのが、彼女のキャリアの始まりだ。
ローズは前科があることも子どもがいることも隠したまま、瀟洒なお屋敷の掃除係として働き始める。その女主人(ソフィー・オコネドー)は友人のように気さくにローズに接してくれるうえ、ナッシュビルに行く夢も心から応援してくれる。だが、ローズの母親マリオンは、いつまでも音楽にうつつを抜かして子どもたちとの約束も忘れるローズに厳しい目を向ける。長女ワイノナもローズを反面教師のように思っているのか、真面目なしっかり者で、ローズに対してなかなか心を開かない。
したたかに生きているようでいて、人を信じやすいためにローズはたびたび痛い目にあう。また、自分の心に正直でいるぶん、大きなチャンスを自らフイにしたりもする。さまざまな出来事があり、一度は夢を諦めかける彼女の後押しをするのは、意外にも母マリオンだ。
ついにローズがナッシュビルに辿りついたとき、モーテルの受付係の女性がローズに挨拶代わりに言う「悲しみが歌になりますように!」という台詞が印象的だ。心の傷を歌に昇華させるカントリーの真髄を見事に言い表している。
ローズがどのように自身の夢を叶えるか。それはラスト、彼女が観客の前で熱唱する自作の曲で表現される。その歌が、しみじみと心を打ち、誇らしげな笑顔のワイノナとともに、観客も幸せな気持ちに満たされる。
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監督/トム・ハーパー 脚本/ニコール・テイラー
出演/ジェシー・バックリー、ソフィー・オコネドー、ジュリー・ウォルターズ
上映時間/1時間42分 イギリス映画
■6月26日よりヒューマントラストシネマ渋谷ほかにて全国順次公開
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戦慄のドキュメンタリー
1961年に国連事務総長がアフリカで事故死した謎を探るうち、デンマーク人ジャーナリストでもある監督は、想像を絶する秘密組織の存在に気づく。
彼らはアフリカ大陸における黒人絶滅計画を企てていたらしい。にわかには信じがたい戦慄のドキュメンタリー映画だ。
7月18日よりシアター・
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監督・脚本・出演:マッツ・ブリュガー
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ドイツの家庭の名付け騒動をユーモラスに
ライン川のほとり、インテリ夫婦のモダンな一軒家での夕食会。招かれた弟がもうすぐ生まれてくる子どもの名前をアドルフにすると言ったことから、てんやわんやの騒ぎに。
ドイツにおけるヒトラーへのタブー意識の根深さや、幼馴染だからこそ生じる遠慮や誤解をコメディ仕立てにした秀作。
シネスイッチ銀座ほかにて全国順次公開中
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出演:フロリアン・ダーヴィト・フィッツほか
※上演期間は変更の可能性があります。最新の情報は、各問い合わせ先にご確認ください