Xと云う患者
龍之介幻想
訳◎黒原敏行
文藝春秋 2400円
狂気へにじり寄っていく
芥川の内面は
イギリスの現代作家が芥川龍之介について書いた。と聞くと驚くかもしれないが、作者名がわかれば「なるほど」とうなずく方も多いはず。デイヴィッド・ピース。1994年に日本に移り住み、暗黒小説『1974ジョーカー』でデビューし、日本を舞台にした作品を多々ものしている作家なのだ。
昭和2年に35歳の若さで服毒自殺を遂げた、天才肌のイメージが強い芥川。『羅生門』など日本の古典に題材をとった作品や、「保吉(やすきち)もの」と呼ばれる私小説作品、ニューロティック(神経症的)な晩年作「歯車」などの名短編で知られる文豪の生涯と作品を、コラージュ&マッシュアップ&リミックスした12編が収録されているのが、『Xと云う患者 龍之介幻想』だ。
中国や日本の古典に惹かれると同時に、西洋の物語やキリスト教(カトリック)にも魅せられる芥川。そのはざまで引き裂かれる自我を示すかのように、ドッペルゲンゲル(もう一人の自分)を見てしまう芥川。不安に襲われ、ひっきりなしに煙草を吸いながら神経を失調させていく芥川。そんな文豪の姿と心境を、師と仰いだ夏目漱石や親友の菊池寛といった実在の人物、精神に異常をきたした母親、慈しみ育ててくれた伯母のフキ、作品の登場人物、分身、幽霊など、ゆかりのものどもを総動員させ、あぶりだしていく。
明治天皇の崩御と乃木大将の殉死、長崎で深める切支丹(きりしたん)への共感、上海への取材旅行、関東大震災で目撃した数々の悲惨な光景。そうした体験を経て、狂気へにじり寄っていく芥川の内面に、反復を特徴とする作者ピースの語り口が共鳴を強めていき、読者もまたそのグルーヴに巻き込まれる。凄まじいばかりの力作というべきだ。