老いと記憶 
ー加齢で得るもの、失うもの

著◎増本康平
中公新書 780円

自尊心と幸福感を失わないために

わたしは人の名前を記憶するのが苦手だ。以前からよく「松本なんとかさん」「山口なんとかさん」などと言っていたが、いまや「松なんとかさん」「山なんとかさん」になった。一文字しか覚えられない。

でも、いわゆる「脳トレ」には懐疑的だ。記憶力は、鍛えればよみがえるのだろうか。そんなに単純な話ではないはずだ。老化と記憶のからくりを専門家が解説してくれるこの本を読むと、もやもやしていた疑問が晴れていくようだった。

記憶にかかわるさまざまな脳の機能をひとくくりに「記憶力」と呼ぶと、衰えを嘆くことしかできなくなる。自分はどの機能が弱くなったかを知れば、対策はいくらでも立てられ、カッコよく自立して暮らせる。もの忘れにしても、手にした物品をどこかに置き忘れてきた、きょう帰りにどこに寄るつもりだったか思い出せない、毎日使う洗濯機の操作がわからなくなったなど、種類もレベルもさまざま。自分の衰えの正体がわかれば、対策はある。

本書では、予定管理などはアタマに頼るのをやめる、という現実的な提案がなされている。 毎朝必ず見る場所にメモを貼ればいいし、スマートフォンに覚えさせておけば自分は忘れてもいい。「高齢者はスマホが扱えない」はウソで、慣れればほぼ無意識に操作できるから、「操作の勉強」よりも「使うことを楽しくする目的づくり」のほうに熱中すべきなのだ。

高齢者は記憶力で若者に勝てないのか。老いにともなって増してくる能力とは。そしてそもそも、高齢者にとって記憶を保持する意味とは。自尊心と幸福感を失わずに生きるために、これは読んで損はない一冊ではないかと思う。