「私も、母との関係が、パートナーとの関係に大きく作用しているように思います。男性との距離感はことさら難題です」(青木さん)

青木 でも、母が亡くなる直前に弟に託して私に遺した手紙は、まだ読めていません。もしも説教がましいことが書かれていたら元の木阿弥になってしまいそうだし、逆に懺悔の手紙だったりしたら、それはそれでキツいですし。

 

認知症の母の言葉に泣いた

村山 悩まされるのは変わらないんですね。そうそう、認知症で私のことがわからなくなった母が私に、「お姉ちゃん、大好き」と笑顔で言ってくれたことがあって……。当時はこの言葉を元気なうちに聞きたかった、と泣きました。

でも今になって思うのは、「愛されたかった」というより、「もっと素直に愛させてほしかった」ということ。なぜ娘が愛せないようなことばかりしたの? と亡き母に聞いてみたい気持ちです。

青木 母の葬儀で、母の周囲にいた人たちと接する機会がありました。昔の教え子の方たちが「青木先生には感謝している」と話してくださったり、母の友人から「彼女はムードメーカーでもあり、人格者だった」と聞いたり。私の知らないところではそんな人だったのかと、母に対する印象が変わったんです。以前は母に似ていると指摘されるたびに落ち込んでいましたが、今は嫌ではなくて。それだけでとても生きやすくなりました。

村山 実際、似てるんですか?

青木 友人の結婚式に出た時、「今の祝辞はイマイチだったね」「今のスピーチは長過ぎたね」とかつぶやいてたら、隣にいたビビる大木さんから「なんでいちいちスピーチを評価すんの?」って言われて、ギャーッと思いました。評価癖は母譲りに違いないんです。村山さんはどうですか?