なくてもなくてもいい商売
私は入門時、師匠の桂伸治から「いいかい、噺家なんてものは、なくてもなくてもいい商売なんだよ」と言われました。世の中には医師や警察官など、「なくてはならない商売」がある。それから、まあ「あってもなくてもいい商売」も山ほどある。
そこへいくと噺家なんてのは「なくてもなくてもいい商売」。好きなことをやって食べてるんだから、貧乏だってかまわない、くらいの気持ちでなくちゃ。それに私たちが「生活に困ってます」なんて顔をしていたら、お客様が心から笑えないでしょう。
でも、本当に暮らしに困窮しているほかのご家庭のことを考えるうち、正直この商売を続けていてよいものか、苦しくなる瞬間がありました。だから自粛態勢が徐々に緩み、エンターテインメントも必要だという声が聞こえてきたときは嬉しかったですね。たとえ1人でも「見たい」と言ってくださるお客様がいる限り、この仕事をやっていこう。そう思いました。
私は31歳という遅い年齢でこの世界に入っています。噺家がどう生計を立てていくかを簡単にご説明しますと、まずは師匠に入門し、前座見習いから楽屋修業を開始。無事に前座になれば、ようやく「定給」をいただけるようになります。と言ったって、1日10時間くらいボロ雑巾のように働いて、日本国が発行しているお札の一番下を1枚もらえるかもらえないか。電車賃とカップラーメンでほぼなくなります。
あ、これに対して、労働基準法が云々といった話は通用しませんからね(笑)。前座は働いているのではなく、勉強させていただいている身。ただ、真面目に修業していれば、「お前、足袋が汚ねぇんだよ。これで買いな」と先輩が小遣いをくれたり、食事に連れて行ってくれたり。そういう世界です。
こいつは気が利く、と気に入ってもらえれば、先輩方がホールやお寺、飲食店などで仕事をする際、お手伝いとして呼んでいただけます。そこで、日本国が発行している真ん中だったり一番いいお札だったりをいただいて、私の場合、4年の前座時代を過ごしました。