世にも危険な医療の世界史

著◎リディア・ケイン/ネイト・ピーダーセン
訳◎福井久美子
文藝春秋 2200円

2リットルもの血を抜かれ、
死期を早めたモーツァルト

ヒポクラテスの時代から近代まで実際に行われていた、世にもおぞましいインチキ療法、トンデモ医療の数々─。今も昔も、健康欲、病気に対する恐怖心につけ込むお金目当ての詐欺療法はある。しかし、インチキ療法が必ずしも営利目的とは限らない。なかには本当に効果的だと信じて手当てする人もいたはず。本書でも、医学が未発達だったころ、有効だと信じて試行錯誤しながら善意で行った療法、医療エピソードのほうが断然興味深く、面白い。

かつて水銀が万能薬として利用されていた時代があり、梅毒患者は水銀蒸し風呂に放り込まれたという。子どもの夜泣きにはアヘン入りの鎮痛シロップを飲ませ、頭痛患者のこめかみに焼きごてを押し当てる。ペストに罹ったら土を食べて解毒……思わず悲鳴が上がりそうな野蛮な医療が、有効と信じられていた時代が確かにあった。

歴史的有名人たちが施されたというトンデモ治療の数々も阿鼻叫喚かつ抱腹絶倒である。血を浄化すると信じられていた「瀉血(しゃけつ)」治療で2リットルもの血を抜かれ、死期を早めたモーツァルト。猛毒ストリキニーネを含む調整剤を常用していたヒトラー等。

いかに人間の健康欲というものが凄まじいか、健康への飽くなき探求心とエネルギーに圧倒された。そして今さらながら、医学の歴史とは、病との闘い、人体実験の繰り返しであるということに気づかされる。私たちが恩恵を被っている最先端医療は、ここに登場してくる先人たちの大なる犠牲の上に成り立っていることを知るのだ。

ユーモアとウィットに富んだ文章、膨大な資料、イラストや写真も豊富で読み応えたっぷりの医療の裏面史である。