ブルース・スプリングスティーン
ウエスタン・スターズ
2400円
ひとり流れ歩いていく孤独な男
今回とりあげた2枚のアルバムを聴きながら、しみじみと社会的性差、ジェンダーについて考えさせられた。
5年ぶりの新作、ブルース・スプリングスティーンの《ウエスタン・スターズ》は、そういった意味からも、ブルースが主人公を演じる映画でも観ているようで興味深い。
一匹の野生の馬が、追っ手を振り切るように荒野を駆けていくジャケット。今では懐かしい西部劇のイメージだ。
そういえば最近アメリカのシングル・チャートで1位を獲得し続けている黒人の若いラッパー、リル・ナズ・エックスが、カントリー・シンガーのビリー・レイ・サイラスを迎えて作った〈オールド・タウン・ロード〉という曲がある。カントリー・ミュージックを専門に流すラジオ局では、「あれはカントリーではない」とまったく放送してもらえないが、まるで水と油のようになじまないラップとバンジョーなどのカントリー系の楽器の組み合わせが意表をつく。面白いと思う人と、不愉快に感じる人がいるという点で、アメリカの人種問題にも波紋を投げかけているのだ。
ブルース・スプリングスティーンといえば、Eストリート・バンドを率いて、拳を振り上げながら自作曲を歌うロッカーであり、時に政治的なメッセージを強く感じさせることもある、いわばアメリカを象徴するような存在。それが2017年からのほぼ1年間、ブロードウェイの古い劇場で全人生を語りつくすようなライヴを続け、その映像や音が作品になって18年末に届いた。その前には自伝の本と、同書に合わせた音楽自叙伝ともいえるアルバムを出しているから、書き下ろしのスタジオ新作としては、なんと《レッキング・ボール》以来7年ぶりになる。
そしてついに、ファンの間では10年以上も前から、「ブルースが何か作っているらしい」と噂になっていたソロ・アルバムが届いた。渋い。まるで歌の情景に寄り添うように、ストリングスや管楽器を豊かに多用したシネマティックなサウンドが聴かれる、ブルースとしては初めての作風だ。
1曲ごとに主人公の人生も姿も微妙に違うのだけれど、どの男も若くはない。女たちが求める安定した夢には安住できず、汗を流して精一杯働きながらも、こんなはずではなかった……と、広大なアメリカの街から街へヒッチハイクで、あるいは野宿して、希望と愛という名の陽光を求めて、ひとり流れ歩いていく孤独な男たちの姿が見える。
日本はアメリカの中西部のように広大ではないから、せいぜい飲み屋で潰れるくらいだろうけれど、それゆえか最近の日本の新聞には、やたらと奥さんを殺した男の記事が多いのでは? と思ったりしてしまう。資源、仕事の奪い合い、と老後に疲弊してしまうのは、きっと女よりも優しい男が先なのだろう。と、実に渋いけれど、書きたいことが次から次に溢れてしまうアルバムなのだ。ブルースの過去のアルバム《ザ・ゴースト・オブ・トム・ジョード》が好きだったなんて奇特な人は、ぜひ聴いてほしい。
マドンナ
マダムX
2500円
自由のために闘い、暗黒の世界に光をともす女
そんな世界観とは対照的なのがマドンナ。アルバムのタイトル《マダムX》は、アイデンティティを変えて世界を旅しながら、自由のために闘い、暗黒の世界に光をともすスパイのつもりだとか。
こちらは4年ぶり、14枚目のアルバム。次男の学校の関係で、現在はヨーロッパとアフリカの接点であるポルトガルの港町リスボンに住んでいるそうで、陽光さんさんと眩しく、全編にアフリカのリズムとセクシャルなポテンシャルが溢れている。やっぱりマドンナはアルバムで聴くのが、ステージを観るようで楽しい。
ブルース69歳。マドンナ60歳。それぞれに運んでくれるものは深くて大きく素晴らしい。