私のイラストレーション史

著◎南 伸坊
亜紀書房 1800円

描くべくして生まれた人の
自伝に隠されたテーマ

オニギリ頭のおじさんとして広く知られるようになってからの南伸坊なら、ずっと注目してきた。赤瀬川原平と考現学をやっていたときの切れ味も、専門家に免疫学や解剖学や心理療法の個人授業を受けるシリーズの落語めいた味も、中国の古い怪談をふしぎな絵で漫画化したときの凄みも好きだ。しかし子ども時代の南伸坊については、この自伝で初めて知る。

小中学校のころの友だちを、こんなに鮮明におぼえているのか。驚異的である。どのエピソードも「絵」や「イラストレーション」に緊密につながっている。絵を描くべくして生まれた人だし、時代との巡り合わせもいい人だ。いまは「イラスト」と軽く称するのが普通だが、昔「イラストレーション」と呼ばれた新しい美術は、雑誌記事や広告ポスターや、そのほかのあらゆるメディアを通じて大衆文化そのものを大きく揺り動かした。そんなイラストレーション史と著者の個人史はぴったり重なる。和田誠や横尾忠則が強烈に輝いていた時代のことだ。

いっぽう、この本には隠しテーマもある。「後進の育て方」だ。著者は伝説の漫画雑誌『ガロ』の編集長でもあったが、その時代に社長の長井勝一が最大限の裁量権を与えてくれたことを生き生きと描写している。人を説得できる言葉はもたないが、「これからの時代はコレなんです!」という意気込みだけは売るほどある。そんな若者に昭和の大人は「好きにやれ」と言えた。渡辺和博も安西水丸も、そういう場所から羽ばたいた。

そこに気づいて読み返せば、子ども時代のエピソードもすべて「大人に許してもらったこと」の羅列として描かれている。これは著者の「若者育成論」なのではないだろうか。