お世辞にも仲のいい夫婦ではなかったのに、3人の子宝に恵まれた。子どもたちは揃って出来がよく、美しい夫に似て容姿も優れていた。難関中学や、このあたりで一番の高校に合格したと報告するたびに、姉からは「子宝には恵まれた」という言葉が返ってきた。しかしその言葉の裏には、「結婚には失敗したけれどもね」という意味が込められていたように思う。

 

あれから40年、髪も歯も抜けて

離婚も考えたが、決断する勇気がなかった。そしていつの間にか40年。最近、夫を見る自分の目が冷たく意地悪になっているのを感じる。例えば夫がソファにひっくり返り、テレビを見ながらゲラゲラと笑っているとき、私はテレビを見るふりをしながら、その様子をじっと見ている。積み重ねたクッションの上にはハゲかかった頭がのっている。楽しそうに笑う口の中は、ところどころ歯がないのでみすぼらしい。

60歳をいくつか過ぎたとはいえ、まさか夫がこんなふうになるとは思ってもみなかった。「俺は老人介護施設にだけは入らないからな」と時々言っているが、こんなわがままな性格では、周りの人とうまくやっていくのは無理だろう。

でも私は夫が介護を必要とするようになったら、迷わず施設に入れようと思っている。仲の悪い夫婦のまま、我慢して40年も顔を突き合わせてきたのだもの。せめて人生の終わりぐらい、自分らしくひとりで楽しく暮らしたい。

働かない夫に代わり、ある時からパートに出るようになった。初老の域に入ってはいるが、若い人たちと一緒になって働いている。働くことは厳しいが、給料がもらえ、忙しく大変なことも自分のためになっている。小さい頃コンプレックスだった顔も、いつしか気にならなくなっていた。

夫は若い頃はよく働き、高い収入を得て、見た目も人より抜きん出ていた。しかし年を取って働かなくなり、容姿も崩れていくのを目の当たりにして、永遠の若さも美しさもこの世にはないのだと痛感させられた。時の流れは残酷だ。

たとえどんな見た目の男性でも、家族のために一所懸命働き、妻をいたわりながら共に人生を歩めるような人と結婚すれば、幸せだったのだろうか。それを知るには、もう一度生まれ変わるしかない。

 

 

 


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