こんなに凄い作家を発見してくれた訳者に感謝
山あり谷ありにもほどがある波瀾万丈の人生を送り、それを創作の糧とした1936年生まれのアメリカ人作家ルシア・ベルリン。生涯に書いた76の短編の中から24編を選んで訳出した『掃除婦のための手引き書』を前に、翻訳家とは、わたしたちに未知の作家と出合わせることで、世界の広さと人間の不思議を教えてくれる“発見者”でもあると、つくづく思う。
アル中にして腕ききの歯科医である母方の祖父が、自分で自分の歯を全部抜き、止血のためにくわえたティーバッグによって〈生きたティーポット〉と化す場面のドタバタ劇。バスに乗って、いろんな家の掃除に行く日々の中、ふいに思い出され、語り手を打ちのめす自死した恋人との会話。認知症気味の父親を介護する日々と、その父が切れのいい正気を見せる瞬間の鮮やかな対比。チリの貧民街にボランティアに通い、プチブルの〈わたし〉を“教育”しようとする不恰好な女性教師。アルコールが切れた禁断症状で、よろよろになりながら酒屋に向かう明け方の光景。末期ガンの妹と語り合う、辛辣な毒舌家で酒びたりだった母親の思い出。
切なさに身をよじらせたらいいのか、意想外な展開に腹を抱えて笑ったらいいのか、インモラルさに眉をひそめたらいいのか、聖性に静かに頭を垂れたらいいのか──さまざまな感情や反応を引き出す物語と語り口が特別で格別な24編なのだ。
静けさと賑やかさ、緩やかさと烈しさを自在に操る巧みな文体で描かれるエピソードや情景、物語の最後に必ず用意されているキラーフレーズに心揺さぶられっぱなし。こんな凄い作家がまだ訳されずにいたのか。発見してくれた岸本佐知子に、感謝の舞いを捧げたい。
著◎ルシア・ベルリン
訳◎岸本佐知子
講談社 2200円