《エピストロフィー》ビル・フリゼール、トーマス・モーガン

 

癒やされ、インスパイアされ

ジャズ界随一のユニークなギタリスト、ビル・フリゼールの新作《エピストロフィー》は、朋友のベーシスト、トーマス・モーガンだけを伴ったライヴ・レコーディング作である。癒やされ、インスパイアされ、この夏はよく聴いた。近年のビルの音楽活動がそうであるように、ジャズという垣根を越えて、ポピュラーのスタンダード・ナンバー〈ラストダンスは私に〉や〈ジェームズ・ボンドは二度死ぬ〉などを取り上げている。演奏ではメロディを重視し、そこにビルらしい揺らぎのあるギターを弾いている。〈ジェームズ・ボンドは二度死ぬ〉は、オリジナルよりスローなテンポなので、最初はその曲と気付かなかったほどだ。

セロニアス・モンク作曲の〈エピストロフィー〉〈パノニカ〉といったジャズ・ナンバーでは、隠し持っていたアヴァンギャルドな懐剣をキラッと光らせる。一度曲を壊して再構築していくやり方は、前衛的なアプローチでありながら、やはり美しい。音を必要なところだけに置き、その“間”が聴く者を慰撫するのもビルならではの手法だ。ドイツが生んだ名門レーベル、ECM創設50周年を祝うにふさわしい内容と透明感がある一作だと思う。

 

《エピストロフィー》
ビル・フリゼール、トーマス・モーガン
ユニバーサル 2500円

****

 

《ファインディング・ガブリエル》ブラッド・メルドー

 

音のひずみまで美しい

今年5月の来日コンサートでは、ピアノ・ソロとトリオでスタンダード・ナンバーを中心に演奏し、聴衆の涙を誘ったブラッド・メルドー。彼の音楽活動は、そのスタンダード路線を軸としながら、多岐にわたる気鋭のミュージシャンと共演することで、自身の音楽の拡張を図っている。

今作《ファインディング・ガブリエル》は、ドラムのマーク・ジュリアナとのプロジェクト、“メリアナ”の進化形。前作と大きく異なるのは、ヴォイスが加わった曲が多いことだ。

それも、ベッカ・スティーヴンスにカート・エリングと、新旧の注目ジャズ・シンガーを起用し、多彩な声を活かしている。旧約聖書「ヨブ記」からとった〈ボーン・トゥ・トラブル〉の悲しみと救い。エレクトリック楽器も多用しているが、タイトル曲では声を含めて、すべてブラッド自身が演奏した。マルチ・プレイヤーですね、と私が言うと、「根が本当に音楽好きだから、スタジオにこもって作っているうちに発展して出来たアルバムだ」とのこと。作曲家として管楽器、弦楽器の使い方も巧みで、音のひずみまで美しい。

 

《ファインディング・ガブリエル》
ブラッド・メルドー
ワーナー 2400円

*****

 

《CLNUP4》 石若駿クリーンナップカルテット

 

凄まじい熱量

27歳の若さで、日本を代表するドラマーの一人となった石若駿。ジャズを核に多様なグループに所属しているが、彼自身のグループである“クリーンナップカルテット”の新作《CLNUP4》がリリースされた。

同年代のギタリスト井上銘、ベースの須川崇志、トランペットにオーストラリア人のニラン・ダシカ、そして石若という4人組。冒頭の〈ShihouHappohⅠ,Ⅱ〉に顕著なように、石若のドラムの魅力はそのパッショネイトな躍動と、正確無比なタイム感にある。それが高速連打される興奮。凄まじい熱量だと思う。また、組曲的な作曲も面白く、収録された4曲における彼の作曲家としての幅の広さにも驚嘆した。

一方、繊細なメロディの〈マンボ・ジャンボ〉はポール・モチアンの作曲で、全体のサウンドを優先させる石若のミュージカルなドラムが心地よい。井上のギターが竪琴のように鳴らされ、ダシカのトランペットは少々粗削りなところもあるが、彼のストーリーを語る。須川はリズムをキープするというよりは、そこに音を置くことで音楽空間を広げていく。全5曲だが、もっと聴きたいと思わせるアルバムだ。

 

《CLNUP4》
石若駿クリーンナップカルテット
アポロサウンズ 2000円