救世主が現れた

入院した次の日に、もう病院から会社に電話があった。兄は私が渡した衣類をおもらしをした衣類と混ぜてしまい、全部洗濯になったそうだ。「2週間分くらい持って来てください」と言われた。洗濯は病院に頼んでいたが、病院からパジャマなどを借りる料金は高かった。

兄の衣類を再度用意し、病院に行こうとしたが、大量の荷物を運ぶのにタクシーを呼んだ。すると、兄の入院の時と同じ運転手がきた。彼は、認知症や障害のある人をタクシーに乗せて病院に連れて行くNさんという良い人がいるので、兄のことを相談してみたらどうかと言い、電話番号を教えてくれたのである。

兄は隔離病棟にいるので、インターフォンで看護師を呼んで、ドアを開けてもらわなくてはならない。荷物の検査を経て、私は兄のいる個室に行った。

兄は、「お母さんはどうしている?」と聞き、私が「元気だよ」と答えると、また「お母さんはどうしている?」と聞いた。同じことを聞かれるのは、同じことを答えれば良いので楽だ。統合失調症が悪い時に返事をするのは、緊張して大変だったのである。

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兄を入院させたものの、兄は治る見込みはなく、認知症の病棟に移れば、さらに入院費は高額になる。私は途方にくれた。

私は運転手が教えてくれたNさんに相談することにした。社会福祉士と介護福祉士の資格をもち、ヘルパーの経験もあり、後見人を専門にしている人だった。  

私は、Nさんに兄に会ってもらった。面会後、彼女は兄の今の状態を言い当てた。私は、兄の後見人はNさんしかいないと思い、強引に頼んだ。

成年後見制度のうちの法定後見制度は、家庭裁判所に申立てをして、審判後、後見人(補助、保佐)を選任する。本人の判断能力により後見人、保佐人、補助人が決まる。私が申立人になり、Nさんを候補者として、必要書類を提出した。家庭裁判所の担当者が兄に面接するなどを経て、Nさんは「保佐人」に決定。その後、兄の病状が悪化したので「後見人」になった。

Nさんは金銭の管理だけでなく、その知識の豊富さと頭脳の明晰さを兄のために発揮してくれた。平成24年に兄は腹部大動脈瘤が見つかったが、統合失調症のため、どの病院にも手術を断られた。やっと手術をする病院を見つけたが、兄は入院を拒否した。

精神科病院に入院後、兄の腹部大動脈瘤は命が危険な状態まで大きくなっていることが判明した。Nさんは兄を説得して、知っている病院に連れて行き、手術ができた。