「あなたが妹さんなの?」

1ヵ月後、またタクシーに潜んでいたら、兄が入院棟に行ったと担当医師から電話があった。私が入院棟に駆けつけると、兄はこれまで兄を診察したことのない医師と話をしていた。その横の椅子には兄のケアマネジャーと兄と一緒に病院に来たヘルパーが座っていた。兄は私が部屋にいることに気づかず、血液検査のために部屋を出た。

そのとたんに医師は、「困った。この人、普通に会話ができる。僕の質問にちゃんと答えられるんだ」と言い、入院の必要があるのかと頭を抱えて悩みだした。

ケアマネジャーとヘルパーが、「認知症のお母さんが危険なんです」「お母さんをぶったりするんですよ」、「入院させてください」と、お願いを始めた。

その時、入院の担当者が入院費の見積もりを持ってきて私に差し出した。高額に私は頭に来て、「こんなの払えないよ」と言い、担当者に書類を突き返した。もっと入院費が安い病院はあるが、兄が気に入っているのでしかたなかったのである。

それを見て、医師が驚き、私に言った。
「あなたが妹さんなの?」
医師はケアマネジャーとヘルパーを妹だと勘違いしていたのだ。

それが分かったとたんに医師は言った。「妹が危険だ。12時45分入院」。私がいかにも兄と喧嘩しそうなので、入院と判断したのだろうか?いまだに謎だ。

私はその日、私が買った新品の兄の衣類を持って来ていた。なぜ新品かというと、兄の部屋の衣類が臭かったからだ。6畳一間の兄の部屋は、本、衣類が積み上げられ、その山の中に電気ストーブが埋め込まれていた。天井、蛍光灯、少しだけ見える壁、カーテン、本もタバコのヤニだらけで茶色に変色。マスク2枚を重ねても、耐えられないほどの悪臭だった。