「一度観たいって言ってたよね」と娘が歌舞伎に誘ってくれたのが5年前(写真はイメージ/写真提供:photo AC)
心にときめきの対象を持っている人は、毎日が充実しているように見える。フリーライター・亀山早苗さんの取材から分かった、熱烈なファンたちの活動実態と推し活の《効能》とは。

虚しい人生を変えた役者の色気

ふたりの子どもたちが独立、夫が定年退職となり、自身も還暦を越えて「私の人生、何だったのだろう」と虚しさを抱えていたユキコさん(70歳)。実母を亡くしてさらに落ち込んでいたとき、「一度観たいって言ってたよね」と娘が歌舞伎に誘ってくれたのが5年前。

「初めて観る歌舞伎に興奮しました。わからないところもあったけど、娘がイヤホンガイドを借りてくれて。そのなかでも目を惹かれ、一挙手一投足に感激したのが片岡仁左衛門さんでした」

このときの演目は、『絵本合法衢(えほんがっぽうがつじ)』という鶴屋南北が書いた悪の世界の物語。仁左衛門丈は、あこぎな大名侍と市井の悪党の二役を演じた。

「姿がいい、声もいい。しかもなんともいえない色気があった。異次元の世界に入り込んだような気がして、観終わっても立ち上がることができないくらい衝撃を受けました」

帰宅すると、仁左衛門丈について調べまくった。著書やDVDも「大人買い」。

「それからは、東京はもちろん、大阪や京都の舞台も追いかけるようになりました。健康のためにと週3回ほど短時間でパート仕事をしていたけど、それも時間を増やしたんです。推しのためのチケット代くらい、自分で稼ぎたいと思うようになって」

自分でも「ものすごいスピードで」、歌舞伎の知識を頭に入れていった。大学やカルチャーセンターが開催する「歌舞伎講座」も時間の許す限り受講。

「まずは仁左衛門さんが生きてきた歌舞伎の世界を、きちんと知りたかったんです」