私たちの声はよく似ているのでどれも混ざる、来年も私たちは五人でいるだろう――。
 同じ高校に通う仲良し五人組、ハルア、ナノパ、ダユカ、シイシイ、ウガトワ。同じ時を過ごしていても、同じ想いを抱いているとは限らない。少女たちの瞳を通して、日常を丁寧に描き出す連載小説。

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10 ウガトワ

 この場に新しく来た者として、ポーズでも恐る恐る歩く。「ベッド座って。ベッドで何でもしてるから」と先輩に言われ、人が何でもしてるベッドに座るのも嫌だと思うので、私は浅く腰掛ける。太ももが座面で押されてべちゃっと広がり太く見えるのを、気にしてるような座り方、細いパンツの時はそうなる。スカートはそれを隠せるところだけ優れている、後は捲れるし寒いし、良さはない。「うち冷蔵庫狭すぎて何でも常温」と紹介しつつお茶を注いでくれる。「夏とかぬるくないですか」「もうね、どうしようもないもんはどうしようもない」と先輩は答えて、教室のロッカー二個分の大きさの冷蔵庫を撫でる。シイシイのロッカーは時々授業中も開いて、中から雪崩出す。
 先輩の部屋の、ベッドのシーツとかは全部黒で圧迫感があり、そう言うと、「ね。汚れ目立たないかなーって黒にしたけど汚れ目立つし。黒い汚れっていうのはそんなにないんだよね。髪の毛もね、染めてなくても一本なら茶色だしね、紛れない」と先輩は答え、ベッドに座るのがより嫌にもなってくる、床に座るか、床も同じか。「じゃあシーツとかって何色にしたらいいと思います?」と聞く、何でも自分の参考にしようとする。「何か柄がついてたらオッケー、カーペットもこういう風に。柄って汚れを目立たせない、それだけのためにあるんだろうなって思う。実家はネズミみたいなん飼っててさ、籠の隙間も大きいから敷いてる藁とかがどんどん飛び出してて。あれも床を柄にしたら気にならなくなったもんなあ」
「それって解決です?でも柄ってうるさくないですか。柄と柄で合わせにくいし」「まあ汚れっていうのもうるさいもんだからさ、何でも気にしなければオッケーなんだけど」と先輩が言い、座面と接している部分から、痒さが湧き上がってくる気もする。部屋の清潔さに関わることは、これ以上聞かないのが得策だろう、泊まるわけじゃないから別にいいけど。私ならここはこう、と部屋を頭の中で好みに修正していって、私はいつもこういうことをしている、授業中なら今のは自分が教師ならこう教えた、親の説教も私ならこう言った、と修正しながら。それでいて自分がする段になるとできないのだろう。何か思われるのが怖くて、一人暮らしの部屋に人なんて招けないだろう、薄暗くして隠すか、やっぱりベッドにシミが一つついてたって恥ずかしいんだから、柄に助けてもらうだろう。
 バイトの話でひと通り盛り上がる、人と人なんて間に何か挟まないと成り立たない、仕事とか食べ物とか同じ目標とか。関係あるから繋がって、なければ断絶、誰ともそうなってしまえばどうしよう、最近はドラマとかも、こいつらがどうなったっていいかと思いながら見てしまう、あちらも私の見守りで何も変わらないんだから、すぐ消してしまう。現実的ってことじゃない?と友だちなんかは相談すれば答えてくれるけど、現実にも上手く対応できなくなってこないか、現実だってファンタジー混じり、関係が人を動かししているんだから。
「そんで相談っていうのはさ」と先輩が話し出す。私が上の方を見ていると、「ああ、ロフト?最初の方はあそこで寝てたけど、窓の有り難さを実感するよ、もう物置き」と説明する。「そんでね、我らがバイト先の、ある男としましょう。ある男がさ、彼女いるんだけどさあ、私と遊んでくるんだよ。ある男、気になる?」と先輩が顔を近づけてき、私はロフトに何が置いてあるのか見定めようとしながら、話に出てくる人物全てどうでもいい。「いやもう、そう言われたら、彼女も分かりますよ私」「えっ分かるか。やっぱ同じバイトだとねー、私のこと好きなのかな?」
 話は長く続き、誰にも感情移入できず、まあ黙って陰で遊ばれている彼女が、一番気の毒なので親身にはなれる。「でも付き合ってるまま、ってことは、彼女を大事にしてるってことじゃないですか。いくら遊んでも」「まあでも今、言葉で伝えきれてないニュアンスとかあるからね。彼の態度とか」と先輩は言って、それならもう、私は占いでもやってあげればいいのか。何のヒントも聞かないでタロットとかで、自分のではない言葉を投げかけてあげた方が、有意義で摩擦も少ないか。それが、間に何か挟むってことか。
 こんなに聞いたんだから、バイト代として何かもらいたく、「この香水って使ってるんですか?」とブランドの、埃をまとったのを指差して聞く。「えーそれは時々使ってる、ほら甘い感じ」と先輩は言って、プッシュして私に霧を吹きかける。こんなの一滴では、と私は思いつつ、「香水欲しいんですよね」と困ったような顔をしてみせる。「これしかないしなー、あ、小分けの瓶みたいなんあるわ。ちょっと入れてあげるね」と先輩は旅行の時便利みたいなのを取り出し、香水の入口はひねっても開かないので、どんどんプッシュして入れていく。口はせまく霧が舞う、この努力込みで、有り難いとは思おう。何かもらって初めて親愛の情が湧くなんて、それで初めてその人が浮き上がって、個人として見えるなんて。
 ドラマに出てくる人たちは、私に何もくれないから興味を持てないんだろうか、でもそうか、みんな教訓とか胸の高鳴りとかもらってるから見るのか。ハルアなんかは義理の父親に、何か小さなものでも買ってもらうのは気を遣うと言うけど、私はもらい慣れている。幼い頃からおもちゃなど、友だちにもらうか借りるかしなければ増えなかった、親に余力がないんだから、今だって大きくなった兄や姉から何か引き出すしかない。昔の方が友だちって、物を気軽にくれた気がする、価値が分かってなかったのか、親が選んで買ったのなんて、何があったか記憶にも残らないくらいなのか。私は物だけもらい慣れて、そうか、さっきの先輩の恋バナからだって、何か知恵でももらおうと思って聞けば受け取り方も違うのか。
 早く無欲の境地に行き着きたいものだと、でも欲を出さなければ私の物など何一つ増えなかったのだからと、思いながらいる。腕を磨いて先輩の恋愛カウンセラーにでもなって、それでカウンセリング中の飲食代くらいは出るか。また何か、無から有を生み出すことを考えている。「お腹空いちゃった、蒸し野菜食べる?甘いもの食べるよりはって、ほら、タッパーに入れて置いてあんの、ちょこちょこつまんで。さつまいもとにんじんとかブロッコリーきのこ、取って取って、全種類小皿に盛ろうか?」と先輩が大きなのを、中身の色悪いのを冷蔵庫から取り出す、狭い空間で幅を取るだろう。人の工夫はいちいち目につく、工夫しちゃって、と思って眺めているなら、工夫が気に入らないのでなく、その人を嫌いなだけだろう。
 これからずっと人の工夫に文句をつけていくだけの自分だと想像するとゾッとして、タッパーから他のに指がつかないよう、注意しながら一つつまみ上げる、顔色の青いさつまいもを齧る。「これだけでお腹にたまりそうですね」と硬いのを噛み、これだと食事に希望も持てなくなるから痩せるだろうと思っている。「こういう部屋って、電気代?とか込みでいくらくらいで住めるんですか?一人暮らしの参考に」と聞いてみる。姉はクラブなんかで、ひと晩限り遊ぶだけの人にでも、出身大学を問うらしい、答え次第で好き嫌い変わるらしい。それと自分たちに何の関係があるのかと、相手は驚くだろう。合コンでもそれを最初に聞くらしい、給料とかは聞きづらいらしい、私なら給料から聞く、えーそれはほんとに最初には聞けないよと言われるけど、私は絶対に聞く。お金が全てと思ってるわけじゃないけど、考えてるのに言わないでおくなんて、価値あると意識し過ぎだ、それでもう負けてる。何でもないものとして話題に上げて、お金と自分に知らしめなければ、恐れていないと、軽く扱えるんだと。
 友だちとだとそうもいかないけど、お金の話なんかしないけど、お金など存在しないものとして、学校生活なんかは送られるべきだけど。校内ならパン代ジュース代の小銭くらい握りしめてれば良く、購買では小銭を出す方が好まれ、一万円札なんて教室で見るとギョッとするわけで、そう考えると学校は何て現実感のない。でも仲良くなって話せば、バレエを習ってジムにも通わせてもらってる子がいたりして、深く知れば危ない。知ることをそれで避けてるのか、人の成功する話を聞きたくないだけか、ドラマもそうだろうか、成功を成功とも思ってない人の話、最後にはどうせ何らかの成功ある話。そんなに人に寄り添えないってあるか、人に工夫ばかり聞いて、自分のことは明かさずに。私の心が折れる時が来るとしたら、それは人と接している時になるだろう。比べるのが嫌だから周りなどないように振る舞って、それで私も周りから見捨てられて、それで平等だろう。吐きそうになるけどそれもポーズだ、吐いても下は柄だから、少しは紛れてくれるだろう。