80年代文化を育てた著者は暮らしをどう見つめたか
鎌倉、逗子、葉山。海のある暮らし。小さなギャラリーにはかわいいブリキのオブジェなどが並べられている。
近ごろのインスタグラムには、こんな「おしゃれ写真」はいくらでもある。「上質」や「洗練」を誇示するような。でもこの散文集は、同じものを同じように描きながら、インスタグラムのギラギラ感とは無縁だ。
著者の永井宏は、美術作家だが美術の枠におさまらない多様な活動をした。人と人、人と場所を結びつける名人だった。1980年代に一世を風靡した雑誌『BRUTUS』の編集にかかわり、時代の空気をかたちづくった一人でもある。2011年に59歳で永眠。彼の遺した8冊の書籍から、ライフスタイルと表現をめぐる文章を集めて再構成したのがこの本である。
通読すると、「困った話」が目につく。断りもなくいきなり玄関先に置かれていたトマトの苗(ご近所さんが配って回ったのだとあとでわかる)を、苦労しながら育てる話。葉山でギャラリーをオープンさせるにあたり、名前を「サンライト・ギャラリー」にしようと思い、ニューヨーク育ちの人に相談すると、「うーん変かもね」と言われてしまう話。困惑をまったく苦にしていないし、恥じてもいない。むしろ、人生は困惑の集積だ、それでいいんじゃない? という表情に見える。
自分を大きく賢く見せようとしない。順調ではない部分も大切に記録する。「うまくいかなさ」を肯定する視線がやさしい。でも同時に、80年代以降の雑誌と若い読者がどう共鳴しあって時代の文化を育てていったか、鋭い分析もしている。ライフスタイルや雑貨をテーマにした雑誌を愛する方にはたまらない読みごたえかも。
『サンライト 永井宏 散文集』
著◎永井宏
夏葉社 2000円
著◎永井宏
夏葉社 2000円