韓国発の人気小説があぶりだす私たちの欺瞞
普通なら怒る場面で黙っていたら、落ち着きがあるといわれる。泣くべき時に黙っていたら、我慢強いといわれるだろう。では、15歳の誕生日に、目の前で祖母と母親が通り魔に襲われているときも、表情ひとつ変えずにいる少年を見たら、人はどう思うだろうか。なんだか不気味ですよね。
韓国でベストセラーになり、2020年本屋大賞翻訳小説部門1位となったこの小説の主人公は、喜怒哀楽の“感情”がわからない少年ユンジェである。日本でも8万部を突破し、書店員の熱い支持を受けるこの小説のすばらしいところは、ユンジェのおかしさではなく、彼のような存在を恐れ、遠巻きにする私たちの中にある不気味さを浮き彫りにする点にある。
ユンジェが“普通”とは違うのは、感情中枢である扁桃体(アーモンド)が、生まれつき人より小さいからである。本来なら手を差し伸べられるべき存在であるユンジェを、社会が「怪物」と見なすのは、人は、〈自分たちと違う人間がいるのが許せない〉からである。感情においては無垢で、まっさらな主人公の、生きづらい日常を描くことで、多様性の尊重など、きれいごとを叫ぶ社会の狭量さ、“普通”を尊び、特殊を排除する社会の恐ろしさを、しなやかに表す。
同時に、ユンジェとは対照的に、感情を露悪的に表現するため級友から疎んじられるゴニを登場させ、物語を一気に展開させる。どれだけゴニがいじわるしようが、他の子のように怖がらず、いつも平然としているユンジェ。いつしか、2人には奇妙な交流が生まれ、ユンジェは、訓練によって少しずつ感情を学んでいく。そうして手垢のついていない、とびっきりの恋と愛、友情の形を描き出す。
読み出したらとまらなかった。
著◎ソン・ウォンピョン
訳◎矢島暁子/祥伝社 1600円