藁の王

著◎谷崎由依
新潮社 1800円

豊かな表現力で、存在の不安と絶望をあぶりだす

小説家としてデビューしたものの著作は1冊だけで、しかもすでに絶版。関西の私立大学で創作を教えることになったが、教え子たちとの関係は隘路(あいろ)にはまり、自身の創作も行き詰まるばかり。フレイザー『金枝篇』中の「森の王殺し」のエピソードを導線に、人はなぜ書くのか、書くことを教えるとはどういうことなのかについての主題を掘り下げる表題作。

中勘助『銀の匙(さじ)』から幸福感を抜き去ったような、異形の幼児期を描いてラストの1行に震撼する「鏡の家の針」。

嗜眠症(しみんしょう)の女性/その代わりのように不眠症になってしまった〈わたし〉の同居生活を描いた「枯草熱」。

夫と南の島にやってきた女性の妊娠願望と、うまくいかなくなった夫婦の夜の営みという事情を、島のねっとりと物憂い空気のうちに描いた変身譚「蜥蜴(とかげ)」。

谷崎由依の作品集『藁(わら)の王』に収められた4篇において、世界は主人公に優しくない。どのキャラクターも、自分の在りようにそれぞれの不安を抱えている。彼女たちは過去の呼び声に耳をすませるが、それは彼女たちを慰撫するのではなく追いつめていくばかりだ。

白眉は中篇の長さを持つ表題作。語り手の〈わたし〉は、正反対の性格にもかかわらず仲の良い教え子2人の姿を見て、自身が大学生の時に常に行動を共にしていた、今は行方知れずの友人を思い出し悔恨の念にかられる。教え子たちへの指導によって「小説を書く」という行為におののきを覚える。創作の“森”を分け入っていく際の畏れの描写と、封印していた過去の出来事と対峙する際の恐れを、表現力豊かな散文でつなげ、書けない小説家である語り手の、在ることへの不安と絶望をあぶりだす語り口が見事なのだ。