©2018MoozFilms/©Fares Sokhon

 

存在のない子供たち

監督・脚本/ナディーン・ラバキー
出演/ゼイン・アル=ラフィーア、ヨルダノス・シフェラウ、
ボルワティフ・トレジャー・バンコレ、カウサル・アル=ハッダードほか
上映時間/2時間5分
レバノン・フランス合作
■7月20日よりシネスイッチ銀座ほかにて全国順次公開

スラムに生きる少年の“訴え”とは

ある罪で少年刑務所に収監されているゼインが親を訴えた。「両親を告訴する。僕を産んだ罪で」と。推定年齢は12歳。衝撃の告発をする彼の目は真剣で、子どもらしからぬ陰りがある。まだ幼い彼が、なぜ自ら裁判を起こしたのか。中東のスラムで育った少年がそう決意するまでが語られる。

ゼインは自分の誕生日を知らない。出生届を出していない親も同様に憶えていない。彼を含めて兄弟姉妹は学校に行かず、路上で物を売って暮らす。彼は雑貨店でも働き、弟や妹たちの面倒をみる。1歳下の妹サハルとはとても仲がよい。そのサハルが両親によって、年の離れた男と強制的に結婚させられてしまう。ゼインは失意のはてに、行くあてもなく、頼る人もいないのに家を出た。

路上で過ごすなか、エチオピア移民のラヒルと出会う。彼女の赤ん坊ヨナスの子守をする代わりに、家に置いてもらい、疑似家族の生活が始まった。だが、ラヒルは不法就労の疑いで拘束され、家に帰れなくなる。ゼインは彼女の行方を捜しながら、ヨナスを養おうとするのだが……。

 

主人公ゼイン役のゼイン・アル=ラフィーアは、シリア内戦でレバノンに逃れてきたシリア難民。彼だけでなく、登場人物のほとんどは、映画に描かれるような体験をしてきた素人のキャストだ。自らの経験を反映させて“役を生き”、リアリティあるドラマを創りだしている。

生き抜くために多少の悪いこともするが、ゼインには「貧しくとも施しを受けない」という自尊心がある。そして、サハルやヨナスなど、弱い者を全力で守ろうとする。必死に生きる少年はほとんど笑わない。まるで生きることに疲れたような憂いを帯びた目には、怒り、悲しみ、諦めさえも滲む。よくて親の育児放棄、酷い場合は虐待される“生き地獄”のような境遇を理解し、それを淡々と演じるアル=ラフィーアの存在が光る。

この物語に絶対的な悪人はいない。浮き彫りにされるのは、貧困という逃れられない現実が招く過酷な連鎖、出生証明書も身分証もなければ、人として生きる基本的な権利も与えられず、教育も受けられずにいる子どもたちに対する大人の責任だ。レバノン生まれの監督ナディーン・ラバキーは、ベイルートを舞台にしたデビュー作『キャラメル』(2007年)で注目された。本作もベイルート郊外のスラムを舞台にしている。だが、描き出される貧困、アジア・アフリカからの出稼ぎ労働者、難民の問題はアラブ社会が抱える闇であり、少年が懸命に生きる姿には普遍的なものがある。

ゼインの未来は定かではない。それでも、最後に大写しになる彼の笑顔が消えることがないようにと祈りたくなる。

 

さらば愛しきアウトロー

出演:ロバート・レッドフォード、ケイシー・アフレックほか
Photo by Eric Zachanowich.©2018 Twentieth Century Fox Film Corporation All Rights Reserved

 

1980年代初頭のアメリカ。74歳の銀行強盗、フォレスト・タッカーは誰も傷つけずに目的を遂げてきた。16回の脱獄と銀行強盗を繰り返したこの実在のアウトローを、レッドフォードが演じる。自らの生き方を貫くタッカーにレッドフォードの俳優人生が重なり、爽やかな余韻がある。7月12日よりTOHOシネマズシャンテほかにて全国順次公開

 

工作 黒金星(ブラック・ヴィーナス)と呼ばれた男

出演:ファン・ジョンミンほか
© 2018 CJ ENM CORPORATION ALL RIGHTS RESERVED

 

“黒金星”ことパク・ソギョンは1990年代に北朝鮮に潜入した韓国の工作員。韓国スパイ史上、最も成功した人物と言われるパク・チェソ氏の実話に基づき、南北の工作活動を描くサスペンス・ドラマだ。当時の朝鮮半島事情を踏まえると、歴史の裏の裏を垣間見るようで興味深い。7月19日よりシネマート新宿ほかにて全国順次公開