村上春樹さんの6年ぶりとなる長編小説『街とその不確かな壁』(新潮社)が13日に発売されました。今回は、2020年10月に刊行された『「グレート・ギャツビー」を追え』について、村上さんが翻訳するきっかけになった出来事を記した記事を再配信します。
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フィッツジェラルドの直筆原稿が強奪された! 事件の鍵を握るのは独立系書店の店主!? 全米ベストセラーとなった、作家ジョン・グリシャムの『「グレート・ギャツビー」を追え』。昨月刊行された日本語版の翻訳者は、村上春樹さんだ。翻訳を手がけるきっかけとなったのは不思議な縁からだそうで……。『「グレート・ギャツビー」を追え』(中央公論新社)の「訳者あとがき」を特別に配信する。
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フィッツジェラルドの直筆原稿が強奪された! 事件の鍵を握るのは独立系書店の店主!? 全米ベストセラーとなった、作家ジョン・グリシャムの『「グレート・ギャツビー」を追え』。昨月刊行された日本語版の翻訳者は、村上春樹さんだ。翻訳を手がけるきっかけとなったのは不思議な縁からだそうで……。『「グレート・ギャツビー」を追え』(中央公論新社)の「訳者あとがき」を特別に配信する。
五月のポーランドを旅しながら
二年ほど前、ポーランドを旅行しているとき、途中で読む本が尽きてしまった。それでクラクフの街の書店にふらりと入って、英語の本が並んだコーナーを物色していたら、たまたままだ読んだことのないジョン・グリシャムのペーパーバックが目についた。
タイトルは “Camino Island” という、どちらかという素っ気ないものだったけれど、裏表紙に書かれている内容要約を読んで、強く興味を引かれることになった。こういうものだ。
「文学史上最も大胆不敵な強奪計画が実行された。場所はプリンストン大学の警戒厳重な地下金庫。
時価二千五百万ドル(値段のつけようがないと言うものもいるだろう)のF・スコット・フィッツジェラルドの長編小説全五作の原稿は、世界で最も価値あるもののひとつだが、それが消え失せてしまった。間を置かず一連の逮捕がなされたが、強盗団の冷酷な首謀者は原稿と共に忽然と姿を消した。
FBIの精鋭たちが頭を抱え込んだこの難事件に、スランプ中の新進女性作家マーサー・マンが挑むことになった」
時価二千五百万ドル(値段のつけようがないと言うものもいるだろう)のF・スコット・フィッツジェラルドの長編小説全五作の原稿は、世界で最も価値あるもののひとつだが、それが消え失せてしまった。間を置かず一連の逮捕がなされたが、強盗団の冷酷な首謀者は原稿と共に忽然と姿を消した。
FBIの精鋭たちが頭を抱え込んだこの難事件に、スランプ中の新進女性作家マーサー・マンが挑むことになった」
この要約を読んだら、僕としては本を買わない手はない。フィッツジェラルドの生原稿がプリンストン大学の地下金庫から盗まれた? 弁護士がまったく出てこないグリシャムの新刊(実際にはちらりとは出てくるけど)? もちろん僕はこの本を買い求め、すぐに読み始めた。そしていったん読み出したら止まらなくなった。
そんなわけで、雨の降りしきる緑豊かな五月のポーランドを旅しながら、脇目もふらずグリシャムのミステリーに読みふけることになった。