この記事の目次
そもそも「アレ」を知らないヒトへ
「アレ」はあなたにも効果がある
阪神タイガースが日本一になった1985年
1985年(昭和60年)の流行歌
1985年(昭和60年)の日本の空気感
阪神タイガースと経済の関係
阪神タイガースが教えてくれたもの
1985年(昭和60年)の日本の空気感
「エコノミック・アニマル」
よく働く日本人は、欧米で「エコノミック・アニマル」と呼ばれました。国際的なビジネスの場面において、日本人は得てして自分や会社のことばかりを考え、利己的に振る舞い、ひたすら経済的利益を追求すると見られていたからです。しかし日本人はそれとは逆に、皮肉とは受け取らず誇りに思ったほどでした。太平洋戦争の戦後から40年。世界に対して、日本人自身が「日本人が凄いんじゃないか」と思いはじめた頃でした。
「経済は一流、政治は二流」
経済大国ニッポン。経済力こそ国としての力の源泉で、日本人は「経済は一流、政治は二流」という言い方を好んで口にしていたのです。85年のGDP(当時はGNP=国民総生産)は、世界首位がアメリカの4兆3400億ドル、2位が日本の1兆3800億ドルでした。この年の世界のGDPを総合計すると12兆4000億ドルでしたから、計算するとアメリカは世界のGDPの35%を占めていたのです。まさしく超大国。
しかし2位の日本も12%を占めていてアメリカに迫っていることが分かります。太平洋戦争が終わったのが1945年です。そのわずか40年後に、日本はアメリカを追い上げる国として復活したのでした。
何もかも経済力で解決できる。日本は尊敬はされてはいないけど、注目はされているという状態だったのです。すべては経済。あの頃の日本の空気感は、ざっくり簡単にいえば「トラブルは全ておカネで解決できる」だったのかもしれません。