「性病になったかもしれない」が一転…
「夫を亡くして6年。今でも時々、たとえば息子の進路を決めるというような時に、この流れは夫の計らいなのではないかと感じることがあるのです。不思議ですね。夫が生きているあいだ、夫婦仲はうまくいっていなかったのに」
と淡々と語るのは、矢島知美さん(50歳、仮名=以下同)。会計士としてバリバリ働く知美さんが大学のゴルフ部の先輩だった夫と結婚したのは、33歳の時だった。
「学生時代に交際を始めたのですが、彼の浮気が原因で別れ、ほとぼりが冷めると復活するという腐れ縁で、最後はできちゃった結婚でした」
さすがに年貢を納めたかと思いきや、結婚後も夫の浮気癖はいっこうに直る気配がなかったという。
「でも私は育児と家事と仕事に追われ、嫉妬するのも面倒くさいという感じだったんです。夫ですか? 悪びれた様子もなく、むしろ天真爛漫でしたよ。家にいる時は子どもと戯れたり、オヤジギャグを連発したりして。もっとも私は、『浮気男のくせに』と思ってツンケンしていましたけれど」
そんな暮らしに異変が起きたのは、結婚して7年目の春のことだった。ある日、お風呂から上がってきた夫が冷蔵庫からビールを取り出しながら「性病になったかもしれない」と言い出した。質の悪い冗談だとイラッとしたが、片側の睾丸にしこりがあるのを発見したと聞いて、病院へ行くことを勧めたという。
「検査の結果、精巣腫瘍(睾丸がん)だと診断されました。片側の睾丸を摘出し、抗がん剤での治療を経て、再発していないか様子をみるために定期的に通院する生活が始まったのです。ひどい話ですが、最初は『厄介なことになったな』と。でも、こうなったら私が大黒柱になろうと腹をくくってからは、免疫力の上がる食事づくりを心掛けよう、笑顔で夫を支えようと前向きに考えるようになりました。ところが当の本人は、相変わらず深夜に香水の匂いを漂わせて帰宅したり、帰ってこない日もあったり。結局、私はガミガミ言いっ放しでした」
こうして2年の月日が流れ、やがて最悪の事態が起きる。医師から再発を告げられたのだ。
「しかもリンパ節から肺に転移してしまい、それから夫はみるみるうちに弱っていきました。呼吸困難や激しい痛みに襲われ、脳に転移してからは人格が変わってしまうなど、壮絶な闘病生活を送った末、医師の宣告通り、1年後に息を引き取りました」