目立ちたがり屋が60人集まって

志の輔 そもそも、ウケる喜びを知ったきっかけは何だったんですか?

三宅 うちは大家族だったんです。母親が9人きょうだいの長女で、叔父や叔母が16人。いとこたちは30人近くいる。お正月とかに親戚が集まると、子供自慢が始まるわけです。「おい、裕司。あれ、やってごらん」。やってみせると、ワ~ッとウケる。その快感だね。

志の輔 うちは家族や親類が集まることがほとんどなかった。だから親類の前で何かやらされるなんてこともなく。いろいろ事情があって、僕は叔父叔母の家で育てられたんですけど、その叔父が本当に酒が好きで。酔ってくるともう、ぐでんぐでんになりながらしゃべり続ける人だったので、子供心に大人になっても絶対に酒は飲むまいって誓った。

三宅 そこで「親子酒」の演じ方を勉強した!(笑)

志の輔 それがこんなに酒浸りの毎日になるとは夢にも思いませんでしたね(笑)。叔父が飲んでしゃべるのを、私といとこが黙って聞くというのが幼少の頃の思い出。三宅さんとはまったく環境が違います。

三宅 うちはまずお袋が日本舞踊のお師匠さんで、おばがSKD(松竹歌劇団)にいたし、おじは芸者の置屋をやっていて。うちでは三味線の音と、おじの好きなラテン、親父が好きなタンゴが常に流れてた。特別な環境に育ったよね。

志の輔 ほらね、すごい環境でしょう。(笑)

三宅 タケは、人前に出て何かやるのが好きだったわけじゃないの?

志の輔 年に一度、学校で弁論大会ってのがあって、中学3年の時、富山県の大会で優勝しましてね。

三宅 ほぅ。じゃあしゃべりには多少、自信があったわけね。テーマは?

志の輔 小学校6年の学芸会で、クラスのみんなをまとめて合唱をやったんですけど、その時の苦労話を面白おかしく書いてしゃべったんです。そしたら優勝して。

三宅 おっ、志の輔の新作落語の原点はここにあるのか!

志の輔 だから、ウケる喜びを知ってはいたんですよ。お客さんが笑うと気持ちいいんだって。

三宅 しかし、大学の落研には、全国から集まった目立ちたがり屋が60人もいたからね。

志の輔 みんなおしゃべりがうまくて面白い。そのなかでも、三宅さんの面白さはトップでした。笑いのセンスみたいなものの半分以上は教えてもらいました。これが粋な笑いなんだ、これをいなせというのか、と。

三宅 学生時代は、いろんなことやったからねえ。