演劇の世界で時代を切り拓き、第一線を走り続ける名優たち。その人生に訪れた「3つの転機」とは――。半世紀にわたり彼らの仕事を見つめ、綴ってきた、エッセイストの関容子が訊く。第51回は作曲家・俳優の宇崎竜童さん。大ヒット曲『港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ』が、誕生した背景は――。(撮影:岡本隆史)
新しいことをやらせてもらったな
第2の転機は1973年、「ダウン・タウン・ブギウギ・バンド」のデビューだろうか。
――その前年にダウン・タウン~のファーストアルバムが発売中止になるという憂き目に遭ったんです。でもセカンドアルバムをレコーディングするという話になって。
それまでに私が作詞作曲した曲が8曲くらいあったけれど、アルバムにするにはあと4曲必要。そこで阿木に頼んだら、すぐに新聞のチラシ広告の裏に鉛筆で書いてきたのが「港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ」なんです。
歌詞を見ると「一寸前なら憶えちゃいるが」という書き出しで。「ちょっと」って、リズムがハネてるから、メロディをつけたのを聴いたらまるで「スーダラ節」(笑)。
それで一回頭を掃除して、小学生の時に聴いたカントリー&ウエスタン――最初に語りがあって、最後に人の名前だけにメロディがつく、というトーキング・ブルースを思い出した。
曲の大半を語りにして、「港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ」だけにメロディをつけたら、ディレクターたちが「面白いね」と。とにかく「港のヨーコ~」は思いも寄らぬスタイルのロックに仕上がった。