私たちの声はよく似ているのでどれも混ざる、来年も私たちは五人でいるだろう――。
 同じ高校に通う仲良し五人組、ハルア、ナノパ、ダユカ、シイシイ、ウガトワ。同じ時を過ごしていても、同じ想いを抱いているとは限らない。少女たちの瞳を通して、日常を丁寧に描き出す連載小説。

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8 ダユカ

 横の席が近い、その卓上の銀の丸いポットは周りを映す、磨き上げられているから鏡のように、球であるので中心を強調しながら。顔をそっちに近づければ、私の鼻はズームアップされ私の目に入るので見ないようにする。こちらが目にしなければ、嫌なものは私を見返してはこない。バランスを崩して映す鏡なんて、幼い時はおもしろいだけのものだったけど、遊園地の壁の波打つ鏡など、お姉ちゃんと大笑いのものだったけど。
 誕生日祝いにとお姉ちゃんが連れてきてくれたカフェは、紅茶はポットで二千円近くして、焼き菓子とかケーキは値段が書かれてなくて、いつもそうしているマナーの、お姉ちゃんよりは安いものを頼むというのもできない。お盆にのせたケーキを見せてくる店員に、そのケーキたちの名前ばかり大きな声で強調し、中身の説明は小声になる店員に、値段一つひとつ聞けない。名前なんて最もどうでもいいものだろう、値段にも味にも直接繋がらない。
 お父さんは店員に強気、誰にも絶対に舐められまいという態度、お母さんは外なら誰に接する時でも自分を下に置いて、懐に入っていってという感じ、私はその中間を目指すけど、まだお母さん寄りにはなってしまう。店員さんに好かれると、っていうか誰にでも、好かれると得なんだからとお母さんは言うけど、親が低い位置にポジション取りするのも、子どもは困るもの、子どもは親よりもさらに低くいるのを求められるんだから。かと言ってお父さんみたいな偉そうに構える人が、頼りになる尊敬できる付き合いたい人というわけでもない。
 ぜひお姉ちゃんを参考にしていこうと眺める。お姉ちゃんは店員の細かな説明を聞いて紅茶の種類を決めかねている、親しげにしている、これもお母さん寄りではある。私は目についた上の方のにして、スムーズに決めた感じを出す、多過ぎる中から選ぶとなると、本当にどうでも良くなる。自分の外見だって最初から当てがわれたものじゃなく、無数にあるものから選んだなら、どれでも良かったんだと思い切れるだろう。こんなテーブルに白い硬い布が掛けられたカフェに慣れてないので、店員の説明に次ぐ説明にも、私は上手く対処できない。俯いて、ジャムの味もケーキにつけられる何かも、全て聞き流してしまう。
 お姉ちゃんはさっき買ったリップの箱を開けて塗り、「いいよね?これ。自撮りしよー」と二人の斜め上にスマホを掲げる。テーブルに対面だと撮りにくいから、立って私の隣にまで来る。注文したのが来れば、お姉ちゃんを正面から何枚も撮らなきゃいけない。私は写真を撮るのが上手くて良かった、だから高いカフェにも連れてきてもらえる、妹でなくカメラマンと思われてるかもしれないけど。私は猫舌だから、撮られる側のオッケーがなかなか出ずに時間が掛かって、料理が冷めていっても気にならない。お姉ちゃんの、自分の写真を見極める厳しい目。自分の顔なら一枚一枚、本当に差がある、人の顔なら微差もない。
 まず紅茶が来て私は恐る恐る、周りを映す球体のポットに顔を近づける、すぐ離す、鏡なんていつも怖いもの見たさで覗いてる気もする。「鼻の横、もっとシェーディング入れても変じゃないんじゃない、濃い色、引き締まるよ」とお姉ちゃんが言う。「別に鼻気にして見たわけじゃないし。全部さ、こいつは体のここを気にしてるからこうして、みたいな目で見るのやめてくんない」「何、別にただアドバイスのつもりだけど、リップはみ出てるよとかもダメってこと?そうやって、人からの目がなくなっていってもいいの、自分だけで気づける?殻に閉じこもっちゃう感じ?」「そんな、いいアドバイスばっかりだったみたいに言わないでよ。姉からだと、上からってさ、押しつけられるみたいになっちゃうじゃん」「ちょっと、まず写真撮って」とお姉ちゃんがスマホを渡してくる、私は身が入らない。
 何枚か続けて撮るけど、「せっかくきれいなとこなんだからさ、もっとちゃんと撮って」とお姉ちゃんが笑いながらリクエストする、こんな頼みは自分でも恥ずかしいんだろう、照れ笑いだろう。「真ん中に写ってればちゃんと撮れてるんじゃん」「妹の方は上を押し上げてくれるわけでもないくせに。妹がいて得することなんてないからね、まあいて良かったけど、得はない」とお姉ちゃんが言ったところでケーキが来る、店員の説明がまたある。
 私は丁寧に接せられるのが当たり前という、お父さんの態度で聞いてみる、相槌もなくす、しかしこれでは雰囲気も弾んでいかない。店員があっち行くとお姉ちゃんは「上から良いものが、滝みたいに降ってくるのは当たり前って思ってるでしょ、何でもお下がりで嫌だなあみたいな顔してても来るんだから。姉の方は、何か良いもんが下から湧いてくるわけでもないからね。何かで抜かされたら嫌だなって、身構えながら見下ろしてるだけだから。はい、写真」「その見下ろすっていう姿勢が問題なんじゃない、姉とか妹なんてただ呼び名で」「年下なんだし見上げるってことはないでしょ、そっちは、妹だからお姉ちゃんに譲りなさいなんて、言われたことないでしょ」とお姉ちゃんは言い、ナイフとフォークでケーキを食べ始める、切るというより崩していく。
 何でも選ぶ時は、口の上手さで結局良い方を、お姉ちゃんは手にしてたと思うけど、妹だから譲られたことはないけど、と一例を挙げようと思うが思い出せない、心に残るほど、手に入れられなくて悔しかった物もないのかもしれない。「上の方がその分賢くて、二つあったら良い方を持ってっちゃうんだから。そんな広い話じゃなくて、お姉ちゃんの厳しい目で、まだ高校生の私を見られてもたまんないよってこと、その目は自分だけに向けてねってこと。鼻は、お姉ちゃんに言われてコンプレックスになったよってこと」「だからもう言わなきゃいいんでしょ」とお姉ちゃんが話を終わらせる。
 横の席が近い店だけど、私たちは私たちの会話に慣れているので、周りの目を引くような声は出さない、ひそめた声でも通じ合う、互いの声はとても聞き取りやすい、口喧嘩など食べながらいくらでもできる、してきた。「お姉ちゃんも、自分の嫌な部分はあるでしょ?どう思っとくの?そういう部分に」と問いながらケーキを崩す、ナイフは切る役でなく、破片や粉をフォークにのせる役割か。「直していこうとするんじゃないの。それか全然考えないか。お母さんみたいにさ、気にしてて周りに聞いたり言ったりして、でも努力はしないっていうのが、ダメなんじゃない。それならもうないものとした方がいい、周りもコンプレックスも。悪口じゃないけどねこれは」とお姉ちゃんは、そう一言言えば角が立たないのを最後に付け足す。
 でも外見なんて、言わなきゃ見えないというものでもなくてどうしよう。楽な考え方なんかをそれこそ滝のように降らせてくれればいいのに、こちらもそれを水蒸気にして空に返すこともできるだろうに、と私は思いながらいる。上下があったって、貰って返す関係は作れるだろう、何に喩えるかによるだろう。下に物を投げ落とすのは簡単、上に物を投げ上げるのは限界ありキャッチしにくく、ということだろうか。でも落とすのだって、勢いがついて物は粉々、ありがた迷惑で受け取ることもあるんじゃないか。
 顔を気にしないというのは、もし腕枕される時なんかは相手の方を見て、恥ずかしいので手は口の傍に添え、横向きなので顔の肉は下に流れ、としたらいいか。これは本来の私ではないという顔でいればいい。昔キスした時なんかは、顔はどんどん近づいて、目は一点だけしか見つめられないものだから、両目で両目をとはできず、相手の片目と片目の間を、私の視線はさまよった。顔は、近くではそう上手く眺められないだろう、これからも接近や暗闇や他の物を、上手く味方にしていこう。
 でもお姉ちゃんとはそういう腕枕みたいな接し方はできないわけだから、何か対策は、と思って鼻と口の前に手をやる。これも相手からは、また鼻を隠してる、そういうのは隠そうとすると目立つ、と思われてしまう仕草だろう。お姉ちゃんは、「まあいいか」と言って、ポットから次の一杯を注ぐ。私たちの口喧嘩はいつもこうだ、何にも辿り着かなくても丸く収める、手も出さず引きずらないんだから最良だろう、「まあいいね」と私も返す。お姉ちゃんはこれから、私の鼻についてはノーコメントを貫くだろう、鼻に関しての有益な情報も、もう降ってこなくなるだろう。
 レジで会計して、お姉ちゃんがすぐに行ってしまうのでレシートは私が受け取る。高かった方はと見ると、ケーキの名前と値段が書かれていて、どっちが私が食べたのか、ほらやっぱり名前で何も分からない。分からないなら見ない、と私はレシートを小さく折り畳む、さすがに今日のカフェ代は後でお姉ちゃんに払おうか、でも一人三千円ちょっとか、それなら下着が買いたいか。二階建てなのでレジから入口までまた遠い、私は服が場違いじゃないかと撫でる、撫でて良くなるものでもない、でもそれで埃は取れ皺は直るかもしれない。私は自分の中でバランスを取りつつ進むんだから、揺れる歩行で、大きな窓は波打つ鏡で。