医師が二足のわらじを続けるわけ
大阪ミナミのアメリカ村に、夜だけの精神科診療所「アウルクリニック」がある。そのクリニックを開設したドクターが、日々の診療のこと、自分の志のことを書いた。精神科の受診をためらっている人にすすめたい本だが、現代日本の縮図を見ることができるノンフィクションとして読むのもいい。
一晩の患者数は15人ほど。リストカットをやめられない風俗嬢や、仕事をしながら記憶がとぎれる会社員が、自分の悩みをどうにかしたくて来院する。
まず、時間をかけて生育歴を聞く。さらに、現在の家庭環境や職場環境、睡眠の状況などをこと細かに聞いていくと、その人の心の全体像がおぼろげに見え始める。かくれたADHDを発見することもあるし、自己肯定感が低すぎるせいでトラブルをこじらせているとわかることもある。そうした問題は、外科手術のように取り除くことはできないが、つらい症状を薬で軽減しながら「できること」を増やしていくことで、心の体力を回復させる。
著者もまた若くしてくも膜下出血に見舞われ、とりとめた命で「できること」を真剣に探している一人だ。昼間は大病院の常勤医師なので、夜のクリニックは二つ目の顔。体力的にきついのにそんな働き方をする理由は、昼間の仕事や学校をどうしても休めない人や、周囲に内緒で受診したい人などに、安心して通院できる場所を提供するためだ。苦しくなったら駆け込める場所をもつだけで、ずいぶん気持ちが楽になるものである。
臨床心理士などのスタッフもパートタイム勤務なので、必要以上に自分を追い込まず、いきいきと働いている。これもクリニックの雰囲気を明るくする工夫のひとつだ。
『夜しか開かない精神科診療所』
著◎片上徹也
河出書房新社 1400円
著◎片上徹也
河出書房新社 1400円