イラスト:山本祐司
今や葬儀や納骨の方法も多様化し、弔い方の選択肢が増えています。しかし、たとえ故人の遺志を尊重して執り行ったとしても、さまざまな弊害もあるようで……(イラスト:山本祐司)

後のことを子どもたちに託すことはできない

関東地方に暮らすヒトミさん(66歳)と夫(72歳)にも、心の葛藤は訪れた。

「突然夫が『俺、クリスチャンになる!』と宣言したんです。それから、近所の教会に通いだして、聖書の勉強を始めました……」

最初は「何言ってんだか」と冷ややかに見ていたヒトミさんだったが、毎週の教会通いやバザーの準備などにいそいそと出かける夫を見て呆れつつ、ちょっぴり感心している。

企業の役員を務めた後にサラリーマン生活を終えた夫は、関西地方の旧家で一人暮らしをする母の介護に精を出した。夫が1年の半分を実家で過ごす変則的な別居生活に入ったのだ。

「お互いにストレスのない、理想的な定年後の生活でしたね。義母も大好きな長男との二人暮らしがうれしかったようです。夫は、実家のそばの畑で野菜を育てたり、釣りに行ったり、理想の田舎暮らしを満喫していました」

優雅なセカンドライフも2年ほどで終わる。母親の認知症が進み、介護が本格化すると同時に、母亡き後の実家の後始末が現実味を帯びてきたのだ。

「夫自身は、跡取りである長男という意識が強く、家屋や田畑、蔵や墓の維持管理は自分の役目だと思っていました。実家通いの日々で、地元の人たちとの交流も復活していたようです。とはいえ、半世紀も離れていた地元に骨をうずめることは考えられず、悩んでいましたね」

義母が亡くなった時は、長男の役目として葬儀を執り行ったが、夫は家屋や地所の相続はしないと決意した。関西地方に住む義妹にすべてを譲り、跡取りとしての役目を降りたのだ。

「私自身も一人っ子で実家問題を抱えていましたし、自分たちがいなくなった後のことを子どもたちに託すことはできないと考えたんです。なんとか、自分たちの代で始末をしなくっちゃって。義妹が相続してくれたのでほっとしました」