うっかり奢って、苦い思い出

数年前、とある居酒屋で一人飲んでいた時のこと。その店ではスタッフも常連客同士も顔馴染みになっていて、とても居心地が良かった。当時、昇進したばかりの青年店長が、張り切って料理を作っていた。

なんとなく気分が良かった私は青年店長と、アルバイトに一杯ずつごちそうをした。

「いただきます、ありがとう!」
「本当にいいんですか? すみません、いただきます!」

と気持ち良く飲んでくれたので、私も気分が良かった。ただこの日を境にして私の店へ向かう足取りが重くなってしまうようになる。しばらくして店に出かけると、店主から酒を露骨にねだられるようになった。

「久乃ちゃん、喉乾いたわ〜」

と言われてしまうと、店内空間には断れるスペースがない。笑いながら「どうぞ」というと、彼は二杯目もねだってくるようになった。

(いや、木戸大聖くんみたいな猛烈タイプの子に言われるのなら、まだしも……)

と、次第にカウンター席の私だけがモヤモヤする事態に。その後も彼は

「いいでしょ? 一杯」

と、今度はグラスから大ジョッキにサイズも勝手に代わり、しまいには私の許可なく飲むようになっていた。自分はたった数杯飲んだだけで、1万円近く会計を支払ったこともある。そりゃアルバイトスタッフの分まで支払っていたら、会計も膨らむだろう。ハイボールは普通のグラスで、600円程度。大ジョッキ飲んでも1200円程度なのに、なんだかなあと首を傾げる。当初私が渡した一杯は善意のつもりだったのに、彼の“驕り”となって戻ってきてしまった。あまりにも行き過ぎた行為だと、ついに堪忍袋の尾は切れた。

ただ些細なことで文句を言って揉めるのも面倒だと、私は店に行くことを控えた。常連客から誘いの連絡があっても、断るのみ。まさか店長から酒を集られていることに腹を立てたとも言いづらい。ただ店は大好きだったので「あの店長が辞職しますように」と、毎日念を送っていた。

それから数ヵ月後。青年店長が辞めることになったと、連絡が回ってきた時は驚いた。私の念通力は強力だったらしい。お見送り飲み会があると誘われたが「仕事が忙しくて」と断る。こういうとき、メディアの仕事をしているとそれなりの理由ができるので助かる。本当は暇で、他の店で遊んでいた。

彼の正確な辞職理由は知らないし、興味もなかったけれど、私以外にもおねだりアピールの網に引っかかった客が居て、店に被害を訴えていたと言う。せっかく店長に昇進したものの、監視の目が無くなのをいいことに、つい羽ばたいてしまった青年店長。おそらく、ただの酒を飲みたい欲だけではなく、店の売上のことも加味したうえの行為は全て仇になってしまった。

(写真はイメージ。写真提供:photoAC)