私たちの声はよく似ているのでどれも混ざる、来年も私たちは五人でいるだろう――。
 同じ高校に通う仲良し五人組、ハルア、ナノパ、ダユカ、シイシイ、ウガトワ。同じ時を過ごしていても、同じ想いを抱いているとは限らない。少女たちの瞳を通して、日常を丁寧に描き出す連載小説。

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12 ナノパ
 体育の球技選択で、ソフトボールなんかはもちろん選択肢に入れられてないので私は秋からは卓球で、男子は野球があるんだから羨ましい。ボールがバットやグローブに吸い付く、ボールより足一歩分速く着地する、そういう瞬間を楽しんでいるんだろう。男女で混ぜてくれてもいいけど、評価なんかもそんなに、周りと比べてつけてるって感じでもないんだから、真面目にやってればどうせ五段階の四だから、接触ある球技以外は混合でいいけど、サッカーとかバスケなら嫌だけど。クラスには卓球部の女子もいないからみんな横並びというか、運動神経の良い子に、手先の器用な子が食らいついていってる、どちらもなければ球は遠くに飛んでいく。シイシイは下手で、球が相手を通り越していくので相手は歩き回っている、相手の時間や手間を奪うことも気にしてないんだろう、「シイシイ、ボール自分で取りに行けー」と、順番待ちの私たちが壁になってあげる。
「ナノパ、先輩とはどうなの」と暇を持て余したクラスメイトたちが聞いてくる。卓球台が少なくて待ちが長過ぎる、先生が苦肉の策で、床にテープを貼って卓球のコートとしてるけど、そこで屈んで練習しとけと言われるけど、卓球の球なんてネットに掛かる、テーブルから落ちる瞬間が楽しいんだから平面では無理だ。「お別れLINE送ったんだよねえ」とハルアが答える。「付き合ってもなかったけどね」「えー何て言われた?」「いや、今まで楽しかったよっていう長いLINE。挨拶だけで長くしてる感じ」「感情は窺えなかったよねあれは」「いい思い出系ね」「確かに悪い思い出はなかったもんね。プライドもあるだろうし」「年上って、年下には大人びてみせなきゃだから不利じゃない?のびのび振る舞えないよね。私絶対年下と付き合わないな」
「年下の方は、未熟で当然って顔してればいいんだもんね」「無邪気に振る舞えたもん勝ちってことじゃない?年上でも」「そんで、好きな人といる時に無邪気でいるなんて、場数踏んでなきゃ無理じゃない」「それなら年上の方が有利」と話していると先生に指差され、私たちは床での卓球に戻る。バスケやバレーのコートの貼られたテープとも混ざってしまい、こんなに色んなラインが重なって、バスケ部の子なんかは試合中よく瞬時に判断できるものだ、自分に関係あるのはそれだけ浮き出て見えるんだろう。そこら辺なら許容だろう、という場所に球を打ち続ける。重い卓球台を畳む時はいつも、指を挟まれるんじゃないかと怖く、よくみんな恐れずに勢い良くできるものだ、怪我したら不便だということに、ソフトも上手くできなくなることに、思い当たっていないのか。でも準備や片付けに参加していないと評価がすぐ下がるので、台の近くにはいるようにして周りに紛れておく、こんな見せかけなんて、スポーツの醍醐味とは程遠いが。
 帰ったらママがキッチンにいる、ママはいつでもキッチンにいる、手もとを見つめ何か作ってる。「昔私味噌をさ、おやつに舐めてたよね」「角砂糖も口に入れてたわよ」「お菓子をあんまりもらえなかった?」と言うとママは黙る。昔ママはこうしてたね?と聞くといつも自分がしたことは忘れてるんだから、恨みも言えない。大人になれば記憶の重なりが増え覚えてられないのか、私に関することなどママの中では些細な取るに足りないもので、忘れていくのか。「先輩とはどう?仲良し?」とママが聞いてくる、みんながこれを会話の糸口にしてくる、私じゃないもののことを私に聞く。「LINEするのもうやめたんだよね」「あら、つまんないね。でも菜乃ちゃんは魅力的だからね」とママが言う。「私から言ったんだけどね。友だちと相談して、やめましょうって送った」「え、ママにも聞いてよ」「ママと友だちにはならないよ」と言って私はママの横に立つ、「ソフトのことなんだけどさ」と思い切って話す。
 ママの味噌汁の作り方は家庭科の教科書みたいな、おたまや漉し器に味噌を入れてとかじゃなく、味噌をただすくって沈め勝手に溶けるのを待つだけで、私はそれは将来真似しようと思う。「またソフト?楽しくない話ばっかり私に来る。じゃあ辞めたらいいじゃない、ソフト。ずっと言ってたよね?楽しがるためにやってるんだから、楽しくないなら辞めなさいよ。自分で無理強いしてるんでしょう」と言われ、ママにも実害あるもんねソフトには、お金かかるし早朝あるし、洗濯増えるしと思いつくことはあるけど口に出さない。ここで決裂が生まれて何になるだろう、親の機嫌を損ねて得はない。やってもらってることは多々あるのだから受け取って、こちらは笑顔くらいしか返せないわけだから、笑っていればいい。親との会話なんて説得が主で、親のために、子どもは説得が上手くなっていくんだろう。
 親と損得抜きで、立ち位置関係なく話し合えることなんてあるだろうか、それが恋バナだったのか、結婚する人の話とかになるとまた違うんだろうから。親とは関係があり過ぎる、固定されてい過ぎる、これで自分で選んだものでもないんだから、もうめちゃくちゃだ、多くの家族が仲良くやってるみたいだから、それを参考に真似してるだけだ。「ソフトは、辞めてもママはつまんなくないもんね」と私は言い、ソフトの話なんてどうせつまんなくて共感できなくて、パパの仕事の話を聞いてるのと同じような、生返事だもんねとまでは言わないでおく。言えないことの多い会話で、友だちとの方がまだ話題豊富、私も気の合う兄弟姉妹などいたら、細やかに親の陰口など叩き合ったのにと思う、共感と盛り上がりの嵐だっただろう。
 ママなんかはその日の気分によって何て答えてくるかブレブレで、お互いに甘えもあって相手も私を自分と思い込んで、もうアドバイスでも何でもなくなってくるのだ。占い師だって自分の占いはできないっていうし、ハルアもそういうことを言ってた。「まあ好きにしたらいいんだけど。自分でよく考えて、ね」と、ママは誰でも言えるような助言で締める。自分の部屋に入り座って、先輩との今までのLINE、削除はしてないのでそのまま残ってるのを遡って読み、こういうやり取りは、やれと言われれば今もこれからもできるだろう、それぞれの言葉に意味も違いもないけど、この時は確かに心もあたたまったのだと思いながらいる。
 そんなに考えなしに通話のボタンを押してみる、そこで急に緊張したので耳からスマホを離し、画面だけ見て相手が出るか待っている。ブロックされてても、こういう画面なのかなと思いながらいると先輩は通話に出て、挨拶なんてすぐ終わるので、私はソフトの悩みを言ってみる。ソフトのこともLINEでは、ソフト行ってきまーすソフトして来ましたとかの、ただ予定の一つとしてしか言ってなかったから、こう言うのは初めてで、「そうやって色んなことで悩んでたから、LINEもうやめようって言ったんだね」と先輩は自分なりに考えた答えを出してくる。別にそれを不正解と断言する必要もないので、私はうーんうーんと答えておく、こんな気楽なコミュニケーションでいいのか。相手に面倒くさがられるからしなかったんじゃなく、自分が一からその歴史を説明するのが面倒で、避けていた話題だったか。
 でも友だちの興味はこんな話題では引きつけられない、ママは分かってくれない、湯河ちゃんだって忙しそうなら、私の周りで最も下心ありそうな先輩に占ってもらうくらいしかない、下手な占いだろうけど、道具も何も使わない、先輩の頭だけで考えられたアドバイスで。「そうだったのかも、余裕なくなっちゃってたのかも」と私は答え、敬語を使わないという甘えが出ている。「俺たち付き合う?そういう菜乃ちゃんの悩み、一番近くで聞いてあげたいんだけど」と先輩が言い、すごいすごい、面倒くさいことは芋づる式に増えていく。でもこんなに気楽な相談相手を逃すのは惜しい、先輩のために時間は取れないけど、接触も拒むかもしれないけどと、条件を出してもいいんだろうか、ただソフトの相談だけにのってくれる彼氏で、いつまでもあってくれるか。
 信用できるようになれば、親やクラスの友だちの相談もしてみたい。友だちの相談なんかはただの軽い世間話、固定された関係でもないんだから切羽詰まってもいない。親はチームメイトみたいなもので、否定し過ぎることはできず、親の話は続いてきた歴史が長過ぎて、何をそんなに怒ったり恐れたりしているのかと、先輩は不思議がるだけだろう。不思議がらせてやってもいいけど、歴史なんか一から語って、面白くない世界史みたいに覚えさせてもいいけど。ただ、先輩がいると便利という一点は確かである気がして、私は答えを迷う。先輩の前なら無邪気に振る舞える、無邪気であることは心地いい、年下だからか好意の薄さからくるのか。関係ないからこんなに喋れる、関係が深くなっていってはこうはいかないのだろうか、「じゃあよろしくお願いします」と答えながら、私はこの人と、良き兄弟姉妹のようになっていこうと意気込んでいる。