在し日の渡辺淳一先生(提供◎藪の会)

胸に刺さり続ける選評の一言

渡辺先生は小説の中だけでなく、人間としても正直な方でした。思い出すのは、2007年に私が直木賞選考委員になった時のこと。元々の選考委員の、五木寛之先生、井上ひさし先生など、先輩のみなさんにご挨拶に行ったら、渡辺先生が開口一番「なんだ、あなたはこないだ(賞を)取ったばかりじゃないか」と。

私はとっさに反応できませんでした。

「受賞したばかりなのに選考委員になるなんて能力があるんだな」という意味にも、「取ったばかりのあなたにはまだ荷が重いんじゃないか」という意味にも取れたからです。ですがおそらく、正解はない。渡辺先生は正直にその時感じたことを口に出しただけなんです。他意は全くないのに、受け取る側はいろいろ考えてしまう。渡辺先生との会話は、こういった言葉に埋め尽くされていました。

一番私の胸につき刺さっているのは、1996年、私が『蒼穹の昴』で初めて直木賞にノミネートされた時の渡辺先生の選評です。

「この作品は、何かが書けている」。これは私にとっては刺さり続ける棘のような言葉です。渡辺先生が感じた「何か」とは何なのか。本作を含むシリーズは今も続いているので、読み返すたびこの言葉の意味を考えてしまいます。

ただ、自分が選考委員になって考えたのは、『蒼穹の昴』は文庫で分冊したら4冊にもなる大長篇で、当時の直木賞候補作のなかで最も分厚かったはずです。当然渡辺先生はお忙しい。なのに1ヵ月かそこらで、他にもあと4、5冊候補作を読まなければならない。だとすると、浅田次郎という人間には、最初から悪印象を持っていたでしょう。(笑)

ノーネクタイの時にはお気に入りのブローチをつけて(提供◎藪の会)