私たちの声はよく似ているのでどれも混ざる、来年も私たちは五人でいるだろう――。
 同じ高校に通う仲良し五人組、ハルア、ナノパ、ダユカ、シイシイ、ウガトワ。同じ時を過ごしていても、同じ想いを抱いているとは限らない。少女たちの瞳を通して、日常を丁寧に描き出す連載小説。

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14 ウガトワ

 シイシイがパンを、爪くらいの大きさにちぎりながらまだ食べてる、私とハルアでそれを眺めている。「私もうすぐ十分面談だから、職員室前行かないと」と私が時計を見ると、「十分で充分の十分面談」とシイシイがジュージュー言う、シイシイは喋っている時は噛まないので、本当に遅い。「シイシイはもう順番来たんだっけ」「湯河ちゃん、私の時もうパソコンも開かなかったからね、抱えてるだけだった、私が何も考えてないから。漫画家もなりたいかもですって言ったら、じゃあ描いてる?って。いや漫画一個とか描き切れたことないけどって答えたら、それになる子はもう描けて描けて、最後までなんていくらでも描き終えて人に見せてるからね、なりたいと思うのより描くのが先だからって」「湯河ちゃん、心に刺さるね」「うんうん私も、それ授業で言った方が良いですよって言った。湯河ちゃんそういうの、なりたかったのかもとも思った」「私なら湯河ちゃんにそのテンションで言われたら、つらいな」とハルアは言い、「でも怒られてないよ」とシイシイが答え、シイシイになりたいかなりたくないかと言われれば、本当に絶妙なところだなと私は思う、なっても良い気もする。
「才能って誰かに見出されなきゃいけないからダルいんだよ。自分だけの見出しじゃ弱いの」と、私は最近考えてたことを言う。「才能なあ。ウガトワ国公立狙いだよね?私さ、遠くの国公立とかなら、一人暮らしできるかなって、家出れるかなって」とハルアが言い、それでもう私より選択肢は一つ多いわけで、羨望の眼差しにならないよう気を付ける。「それなら選択肢広いよ。親の説得だってさ、大学の売りはどこにしたって何らかあるもんだし、遠いけどここにぜひ行きたいって。でもお母さんが手放さないんじゃない、ハルアを」と私は答え、ハルアを、のところを人手を、と言ってしまいそうで危ない。「そんな娘のやる気を潰すかな?でもな、ママも働きたいって言ってるし、期待されてるだろうな」「懇願されたらハルアもここに残っちゃいそう。だってハルアの少しの我慢で、ママ弟妹、あとパパかな?四人笑顔でいれるわけだから」「何か数の問題?」とシイシイが言う、ハルアは元気を失くしていく。
「まあハルアの好きにすべき、絶対」とシイシイは肩を撫でている、それはそう、それは誰かが絶対に言ってあげるべき、でもそれで?家族の一員に組み込まれてて、そこに手出しのできない友だちが、それをハルアに言い続けてどうなるだろう、励ましにはなるか。私たちにできるのは笑わせ合いだけか。思いながら私もハルアを撫でる、ブレザーの硬い布はみんなの肩を均一に真っ直ぐにする、ハルアは遠くに行けないだろう、これが当たらない占いなら良いけど。「言っとこうかな、もうママに。早くから言ってたもん勝ちってとこあるじゃん、意見って」「私は小さい子苦手だから、偉いよ」「苦手とか言ってらんないだけだよ。だって目の前にいるんだもん」とハルアはコミカルな顔をして見せ、こういう顔をするしかない、泣いてどうにもならないだろうしと、私はハルアの肩を抱き締める。このくらいの触れ合いなら日常茶飯事で、励ましでも不快でもない、何でもない。
 職員室前には湯河ちゃんが待っていて、腰の高さのロッカーの上にパソコンを開いているのでニヤニヤしてしまう、シイシイの時は抱いてたのに。もう目指すべき大学、通える国公立というお題で見つけてきたただ一つが私にはあり、それしかなく、パソコン画面に映る。合格基準と、模試の成績を比べる。「でもここがダメだったら、私立は受けないんだもんね?」「ダメだったらとか、不吉だからやめてくださいー」と、私は雑談に持っていこうとしている。大学でなければ就職か専門学校で、自分の適性など考えさせられる、いきなり過ぎる、大学受験とまた、考える分野が違い過ぎる。「私、自分の子どもが受験の時でも、受けたい大学全部受けさせてあげないかも、やってあげられる状態でも、やってあげたくないかも。私にはこのくらいの我慢ができたんだから、何で我慢ができないのって」と私は言い、ハッとし、「まあ、我慢できない人よりは、できる方がいいですもんね」と続ける。湯河ちゃんに何か訴えて何か変わるなんて思ってないのに。
「でも国公立目指せばいいだけなんで、そうなると今できることは勉強だけなんで、私は自分のできることを、していけばいいだけなんで」「親御さんに、私から何か言った方が良いことってある?」と湯河ちゃんは私のブレザーの袖を摑む、それで持ったままでいる。かわいい彼女みたい、とも思うけど、まあ生徒の体で摑んでいい部分なんてそこくらいか、スカートでも髪でも変なんだから。「就職もあるよ。市役所に行った子も確かいたよ。三年の夏にもう求人出ちゃうから、そしたら大学受験はなしだけど」と湯河ちゃんが言い、「お姉ちゃんが就職して何かダメで、専門行き直して。手間っぽかったんですよね。まあでも、私ならやれますかね」とあんまり何も考えずに答える。「うーん、やれる。やれる?宇賀さんガッツが、あるよね」と湯河ちゃんは声を絞り出し、手は行き場がないのかまだ袖を握り、先生にあまり聞いてもかわいそうだ、私は何を保証してもらおうと、予言確約してもらおうと思ってるんだろうと、自分が考えなしだったのを悔やむ。
 それは自分次第、ということばかりを人に尋ねてみたくなる。私がそれをやれると思うか、ということを人に聞いて、それは自分が一番信用ならないからだろう。「先生は大学行って良かったですか?」「教師なりたかったし。まあ自分がやり遂げたことっていうのは、肯定せざるを得ない気持ちがあるもんね。失恋とかでさえそうだから、何かは得たって思い込むから」とそこで予鈴が鳴り、「あ、続き、放課後とか」と言ってくれるけど、放課後はまた湯河ちゃんには、三人続けて十分面談の予定が入ってるんだから、私たちは本当に学校では分刻みで動いてるんだから。先生なんかは水晶とかタロットで占いできるべきじゃないか、短時間でこんな多くの将来を見通さなきゃいけないんだから、別に責任なんかはどうせ誰も取れないんだから。「親に言ってほしいこと、ないと思います、あったらまた言います」と私は湯河ちゃんの手を振り解いて、そのままではそれだけの動作になってしまうため、頑張る、の小さいガッツポーズの形にする、お互いモテ仕草みたいになってしまっている、別に互いにどう思われたいとかないのに。ただ二人とも自然にしててかわいいだけか。
 家に帰って、こんなに暇ならバイトを入れれば良かった、時間をお金に変えれば良かった。でも二週間先のシフトを出す時ほど、未来を見通す目が必要な時もないというか、やはり未来は見えないというか。寝転び周りを眺める、兄も姉も一人暮らしの家には学習机なんかは持っていかなかったので机は三つ並んで、でも学習机というのも高かっただろう、よく親は三つも買った。小さい頃は、兄姉が家のお金を使い尽くしていくんじゃないかと怖々見守っていた。倹約の心得のある私たちだけど、部活や入学などでお金は逃げていき、親は息切れしていくんじゃないかと、いつ最後の私が放り出されるか分からないと、私も上の二人のように、早く育ち切ってしまいたいと、今も思いながらいる。お父さんお母さんが死んだら私も死ぬんじゃないかと、親をそう命綱と見るんじゃなくて、早く遠くの思い出、故郷として眺めたい、そこまで無事に生き延びられればの話だけど。家からもう抜けていった二人が羨ましい、ずっと子どものままでいるのとすぐ大人になるのどっちがいい?なんていう、暇な時友だち同士で盛り上がるような問い、大人の方がいいに決まってる。シイシイなんかは子どものままがいいって言うか、いや、大人になって妹を遠ざけたいか、ナノパとダユカは自分の体の最盛期で留まりたいだろう、それはみんなそうか、ハルアは子どもを選びそう、子どものままでいて何の良さがある、子どもは手厚い保護に包まれているという前提が、見え透いてる。
 私は私を中まで見つめ、できることを探そうとする。私の中をこれほど深掘りできるのは私の特権、それだけは有り難く受け取る。私は手先が器用、声も張りある、それで?バイトでもよく気が付く、それで?前の学年集会で先生たちが一人ずつ、自分が何で教師になったのかを発表してた。憧れの先生がいたっていうのが多くて、憧れを見つけるのも才能だろう、私はこの人たちには今憧れてないわけだけど、と床座りで腰も痛いので嫌な感想になってしまった、親が先生だったから幼い頃から身近でって言う人は、大きくなってからあの頃の自分の視野の狭さに、驚きなどしなかっただろうか、この感想も腰の痛みのせいだ。学校がもっと空間として居心地いいなら、座る場所暖かく柔らかければもっと何でも素直に受け取れるだろう。ノックの音がある、お母さんが洗濯物を持って入ってくるので、就職にもう決めようかと話してみる。「良いじゃない」とお母さんは答える、まあ、良いと言うだろうな、これが私の、正解に近い答えだろうな。「私には何も特別なものがないかもしれない」と私は言ってみる。「永遠ちゃんは、永遠ちゃんであるだけで特別だよ」とお母さんが言う、欲しい言葉はそれであり、またそれではない。